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第16話 食事

 「俺、家こっちだから。東は電車?」


「うん。じゃあ、ここでバイバイだ」


その後、私たちはN駅に着くと、そこで別れた。


「また明日。気をつけて帰れよ」


柴崎くんはそう言うと、背を向けて歩いていく。

 彼の背中を見送りながら、私は、「また明日」があることに、どこか安心していた。


――明日もまた来るのだろうか。明日は何を話してくれるのだろうか。

私は、いつになく期待に胸を膨らませ、駅の改札をくぐった。



 家に着くと、中には誰もいない。父も母も、まだ仕事から帰っていないようだ。

スマホを見てみると、母からメッセージが一件。


「母も父も、もうすぐ帰るけど、夕飯遅くなるの嫌だったら、昨日の残り物食べてていいからね」


 私は、いつも通り「わかった」と返事をしようとしたが、あることに思いを巡らせ、手を止める。


――なんだか3人で夕飯を食べたい気分になった。


柴崎くんからあんな話を聴いたからかもしれない。


……最後に3人で食卓を囲んだのはいつだっただろうか。


「今日は、やる事そんなにないし、2人が帰ってくるの待ってるよ。気をつけてね」


 私は、打ちかけたメッセージを消すと、新しく書き直して、送信ボタンを押した。


 1時間後、帰ってきた母は、急いで夕食を作ってくれた。

遅れて帰ってきた父も含め、3人で食卓を囲む。学校でのことや、最近の出来事を話しながら箸を進めると、いつもは長く感じる食事も、あっという間に過ぎていった。


……3人で食べるご飯は、なんだか1人の時よりも、美味しい気がした。



 その夜、私はいつものように、眠りについた。眠気に誘われて、意識を手放すと、目の前にアンティーク調の扉が現れる。月影の館の扉だ。

 どういう仕組みかは知らないが、館を訪れるときは必ず、出ていく時と同じ、2階の部屋の扉から入るのだ。


 その扉を開けて、中に入る。と同時に、私は驚きで、思わず声を漏らした。


「あれ……?」


 私が見つめる先にあるのは、私の部屋の隣……牧さんの部屋だ。昨日、喰魔が突き破り、粉々になった牧さんの部屋の扉はどこにもなく、綺麗な模様の入った扉が、他の6つの部屋と同じように取り付けてある。


 ちなみに、牧さんの件が落ち着いた後、私たちは2階の7つの部屋を、6人それぞれに割り当てることにした。自分たちが、この屋敷から帰るときに使う扉の部屋を自分の部屋とすることにしたのだ。7つあるので、1つは空き部屋になる。私の部屋は、南側の一室で、牧さんと隣同士なのだ。


 私は、しばらく牧さんの部屋の扉を見つめていたが、ハッとして2階の吹き抜けから、1階の広間を見た。


――やっぱり、元通りだ。


私は小走りで1階へと階段を降りる。


 そこには、扉と同じく、破壊される前に時間を巻き戻したかのように綺麗な広間が存在していた。

ソファや机はキッチリと配置され、喰魔によって付けられた床の爪痕でさえ、消え去っていた。修正された跡もない。

 あれからまだ1日しか経っていないのに、どうやったらこの状態に戻すことができるのか?

やはりこの世界は、夢のように都合よくできているのかもしれない。


 すると、頭上から声が降ってくる。


「ハナエちゃん、やっほー!」


亜紀だ。その隣で、「こんばんは」と、灯子がはにかみながら手を振っている。

私が挨拶を返すと、2人は階段を降りて、こちらにやってくる。


「あんなにボロボロだったのに……。もう直ってる」


「マジか! 結構めちゃくちゃに散らかってたよね? どうなってんだろー」


目の前の光景に、2人はそれぞれ違う反応を見せる。

私と同じように驚く灯子に比べて、亜紀は案外あっけらかんとした反応だ。


 そのあとは、元通りになった広間で3人、他愛もない話をしながら時間を潰した。そうしていると、1人、また1人と人数が揃ってくる。


「牧さん、具合はどうですか?」


私は、隣のソファに座った牧さんにそれとなく訊いてみた。


「うん。朝起きたら、もうすっきり。何事もなかったみたいに」


良かった。牧さんは気分が良さそうだ。


 すると、1番最後に遠山さんが降りてきた。なんだか牧さんとは反対に具合が悪そうだ。顔が青ざめている。彼は、空いているソファに座ると、突然何か呟いた。


「あの…………」


蚊の鳴くような声だ。何かあったのだろうか。


「どうかしましたか?」


梶原くんが、不思議そうな顔をして訊くと、彼は怯えた顔をしてこちらを見やる。そして、やはり青ざめた顔のまま、話し始めた。


「僕、昨日現実に帰ってから考えたんだ。……その、喰魔のこと。シロさんは昨日、「喰魔は、僕らが拒んだ記憶から生まれる」って言ってたよね。それから、僕らにはそれぞれ、失った記憶があるってことも肯定してた」


そこまで言うと遠山さんは、自身の肩を抱いて、身をすくめる。そしてこう続けた。


「それって、僕らがここで記憶を探し続けていたら、誰もが喰魔になり得る可能性を抱えることになるってことだよね……?」


 その言葉に、その場の誰もが凍りついた。

そうだ。そうなのだ。牧さんの件が無事解決した安心感からか、考えが回っていなかったが、まだ問題は残っている。


遠山さんの言う通り、記憶を探し出すことで、誰かの嫌な思い出を呼び起こしてしまう可能性が出てくる。その思い出に耐えられなければ、私たちは喰魔に呑み込まれてしまう……。


「そ、それは、嫌なことを思い出しちゃった時の話でしょ? 取り戻した記憶が、必ずしもそんな記憶だとは限らないんじゃない?」


亜紀がそう話す。しかし、声が少し震えている。彼女も、その可能性を恐れているのだろう。


「そんなのわからないじゃない! 忘れている記憶が、いいものか悪いものかなんて、わからないんだ! だって忘れてるんだから」


 遠山さんが恐怖からか声を荒げる。その気迫に、いつも明るい亜紀も、流石に口を閉じる。


「あんな風になるなんて、僕は嫌だ。怖いよ。僕は、記憶探しなんて、もうしたくない」


彼はそう言ったきり、頭を抱えてしまった。


 私を含め、その場のみんなが考え込んだ。記憶を取り戻したい。でも、取り戻すと言う行為に、喰魔になるというリスクが伴う。私たちはこのジレンマに陥ってしまった。


 結局この日は、記憶探しは取りやめて、何もしないまま解散することになった。


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