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第17話 違和感

 その翌日、そのまた翌日、さらにその後と、遠山さんが館を訪れたのは、6人の中で1番最後だった。日が経つにつれて、館に来る時間も、段々と遅くなっている気がする。


 記憶探しも、あの日から一切進んでいない。私たち1階の広間に集まって、何をするでもなく、気まずそうに暇を持て余していた。


 1度だけ、一昨日だったか、シロに話を聞こうという話にもなったが、彼は牧さんの一件があってからは姿を見せていない。元々、神出鬼没のため、彼を呼ぶ方法もわからず、結局行き詰まってしまった。


 幸か不幸か、ここ数日の私たちの移動といえば、2階の扉から広間までの往復だけなので、記憶に関するヒントは、今のところ見つからないままだ。

広間にはいつも通り、ソファと背の低いテーブルが置かれ、その上には果物が皿に飾られている。壁際には古めかしい振り子時計が置かれているだけの簡素な内装だ。

2階の廊下には、鏡の飾られたコンソールテーブルが1つだけ置かれている。鏡の枠には細やかな装飾が施されていて、価値が高そうだった。


 今日も、私の部屋から1階まで歩いてきたが、特に変わったところは見受けられなかった。



 私が来る前に、牧さんがいて、それからは、亜紀と灯子、梶原くんと、遠山さん以外のメンバーが揃っていった。

みんな、ここに来るたび暗い顔をして、話すことすら躊躇われるようだった。まるでお通夜だ。灯子に至っては、日を追うごとに、顔色が悪くなっている。


……無理もない。あんな化け物に襲われた挙句、自分にも化け物になる可能性があると言われれば、嫌でも最悪の事態を考えてしまう。


かく言う私も、灯子ほどナーバスにはなっていないものの、どうしたらいいものかと途方に暮れていた。


 そんな空気を破って声を上げたのは、灯子を心配そうに見つめていた亜紀だった。


「ねえ、今何か聞こえなかった? カランって、何かが落ちたみたいな音」


彼女は、ハッとした顔でそう言った。


「なんだろう、私は聞こえなかったけど……」


牧さんが反応する。他の人たちも同じく、聞こえなかったと首を横に振る。……なんの音なのだろう。


 ――すると突然、広間に声が響き渡った。


「やぁ、みんな。待たせてごめんね!」


この場に似つかわしくない、明るい声。

その元を辿ると、階段の半ばでこちらに手を振る、遠山さんの姿があった。



「いやぁ、仕事してたらつい、夢中になっちゃって。寝るのが遅くなったんだ」


彼はニコニコとして、私たちに話しかける。今日はやけに饒舌だ。昨日まであんなに怯え切っていたのに、どうしたのだろう。他のみんなも一様に、その不自然さに不思議そうな顔をしている。


……無理をして、虚勢を張っている? いや、でもそれにしては、以前のような恐怖心が、全くと言っていいほど感じられない。

いつもオドオドして、自信なさげな彼のような人が、こんな風に自分を隠し通すことなど、できるものなのだろうか?

私の中で違和感が膨らむ。


「俺、もう眠くて眠くて……」


口数も、今日は段違いに多い。


……やはり、何かおかしい。変だ。

 すると、彼は具合の悪そうにしている灯子に気づく。そして、彼女を気遣うかのように、そばに歩み寄った。



 次の瞬間、私の抱えていた違和感は、その正体を現すことになる。


「春城さん、大丈夫? すごく具合が悪そう…………ダ」


そう言い終わるか、終わらないか、彼の顔がみるみるうちに溶けて、中から禍々しく蠢く何かが飛び出した。


「ヒィッッッッ!」


その「何か」は灯子を呑み込もうと広がり、彼女に覆い被さる。


 その時、視界の端から何かが飛んでくるのが見えた。――ナイフだ。

ナイフは直線的に飛んで、遠山さんだったモノに、寸分の狂いもなく刺さった。


ギャァァァァァッ!!


ソレは、耳を塞ぎたくなるような叫びをあげると、その場に倒れる。

恐怖でソファから落ち、その場にへたり込んだ灯子を、牧さんがすかさず支えた。


ナイフの飛んできた方を見ると、――そこには、冷や汗を流した梶原くんが、荒く息を吐きながら立っている。どうやら、机に置いてあった果物用のナイフをとっさに投げたらしい。


「グ、グアイが悪……ワルそうダ……。悪ソうダ……」


床に這いつくばって、のたうちまわるソレは、狂ったように同じ言葉を繰り返している。

私たちは後退り、ソレから距離をとった。そして、緊張と警戒の面持ちで見つめる。


…………邪悪な色、身体と思しき流動的な物体についた、妖しげな瞳に、私は見覚えがあった。



「…………喰魔……!」

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