目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第20話 嵐の前の静けさ

 私が雑誌を手に取ると、それは案の定、眩い光を放ち、みるみるうちに私たちを包んでいった。


 光が消えると、私たちは全く見覚えのない場所にいた。ここは恐らく記憶の中なのだろう。


「え、なになに……?! ここ、どこなの?」


亜紀は、記憶の中へ来たのは初めてなのだろう。今の状況を把握できず、かなり驚きを見せている。


「ここは多分、記憶の中だと思う。牧さんの時も見たんだ。記憶のヒントに触れた時に」


私がそう説明すると、亜紀はさらに驚く。


「え? ハナエちゃん、いつもこんなもの見てるの? ……じゃあ、みんなが見た牧さんの記憶も、ハナエちゃんが呼び起こしたんだね……」


彼女は、引っかかりながらもなんとか納得してくれた。しかし、すぐに「あれ?」と声を漏らす。


「それって、記憶を呼び起こす条件は、ヒントになる物に触れることな訳だよね。……でも前、想成くんが牧さんの絵を持ってきた時あったじゃん? あの時は想成くん、記憶のことについては一言も言ってなかったよね……」


亜紀は頰に手を当てて考え込む。


 ……確かにあの時、梶原くんが何かに気づいた様子はなかった。それにそのあと、私と一緒に牧さんの記憶を見た時、彼は驚きを見せていたのだ。今の亜紀と同じように。そうすると、梶原くんがあの絵を見つけた時、彼は牧さんの記憶を見ていないと考えるのが自然だろう。だとしたら……



「どうして私は、人の記憶を見ることができるんだろう」



そんな疑問も、突然、どこからか聞こえてきた声にかき消されてしまった。亜紀の声ではない。もっと低い、男の声……。


私たちが声のする方を振り返ると、そこには、中学生くらいだろうか、2人の男の子がいた。

 周りには、勉強机に本棚、ベッドなど……。恐らくは子供部屋だろう。2人のうち1人は気の弱そうな子で、多分この部屋の持ち主だ。もう片方は、よく喋る活発そうな子で、気の弱そうな子の友達なのだろう。

2人はしばらく、他愛もない話をしていた。昨日見た流行りの動画の話だとか、学校のあの先生の話し方が面白いだとか。そんな話だ。


 すると、さっきの活発そうな子がふと、机の上に積み上がっていた漫画の中から一冊、やけに薄い冊子を手に取った。それは、私がさっき触れた、女性ものの雑誌だった。中学生男子の部屋には少々似つかわしくない。

彼は雑誌をペラペラとめくって、一通り読み終わると一言。


「お前こんなの呼んでるのかよ。これ、女子が読むようなヤツじゃん」


それは多分彼に取っては何気ない言葉だったのだろう。ちょうどこの年頃の男子がおふざけで、バカにするような軽い調子の言葉。


――でも、この言葉を掛けられた、さっきの子……気の弱そうな男の子は、確かに……ひどく傷ついた顔をしていた。



 記憶はそこで途切れた。私たちの意識は月影の館への引き戻され、周りの景色も、屋敷の広間に戻っている。すると……


「何アイツ! 男の子が女性もののファッション雑誌読んでるからって馬鹿にして! そんなの個人の自由でしょ。あの子がかわいそう!」


突然、亜紀が、さっきの男の子の言葉に対して憤慨し出した。


「ま、まあまあ……。相手は見ず知らずの男子だし」


私が宥めるも、亜紀はまだ不服そうな様子だ。


「でも……。私、男の子が可愛いもの好きでも、その反対でも、あんまり気にしないよ? 好きなものは好き。それでいいじゃん」


――「可愛いものが好きな男子」……。

その言葉に私は覚えがあった。


「……前、自己紹介のとき、遠山さん、可愛いものが好きって話してたよね」


「うん。……あ、まさか、今の記憶って、遠山さんのもの……?」


まだ確信できるような時点ではないが、その可能性は高そうだ。


「確かに……。ちょっと面影あったかも。気が弱そうなところとか」


だとしたら、「可愛いもの好き」というのが、彼のコンプレックスなんだろうか。もしかしたら、これが彼の拒絶した記憶にも繋がってくるかもしれない。

そう考えた私たちは、更なるヒントを求めて、広間を隅々まで探索した。



 数十分後……


「何もない…………」


机の上から、振り子時計の下の隙間まで、くまなく捜索したものの、ヒントどころか紙切れ一枚すら見つけることができなかった。


「ハナエちゃんどうしよう。ヒントなんてどこにもないよ……」


私たちが、どうしたものかと途方に暮れていたその時、


……チリン。


どこからか乾いた鈴の音が響き、目の前にはシロが現れた。そして一言。


「困っているようだな」


 シロの神出鬼没にも慣れたものだ。いや、もう驚く気力も残ってなかったからかもしれない。


「困ってるよ。…………すごーくね」


亜紀は疲れ果てた様子で、うわごとのように呟く。


「そんな貴殿らに、1つ助言をくれてやろう」


すると、シロは相変わらず、大仰で不遜な物言いで、話を続ける。


「喰魔の形状は、記憶主の本心に大きく左右される。今回の喰魔の「自由に変化する」という性質は、遠山幸四郎の記憶に関する、大きなヒントになるだろう」


記憶主の本心……?


「それってどういう……」


そう尋ねようとする前に、シロはいつもの如く、自分勝手に消えていってしまった。


「もう……。なんなのよ、アイツ」


亜紀も私も、シロの振る舞いに呆れながらも、彼の言葉の意味を探ろうと思考を巡らせたが、結局、その言葉以上の意味は理解できなかった。


 仕方なく、私たちは、さっきの探索の範囲外であった2階を探索することにした。2階と言っても、私たち以外の4人が部屋にこもっているので、私と亜紀の部屋くらいしか探すところがないのだけれど……。




 そうして、私たちが階段を上り、2階に上がると、廊下の突き当たりに、何か落ちているのが見えた。


――鏡だ


近づいてみると、そこには鏡が落ちていた。近くにはコンソールテーブルが置いてある。恐らくそこに飾ってあったものだろう。

 偽物の遠山さんが来る前、亜紀が言っていた「何かの音」は、これが落ちた音だったのか


「なんで落ちちゃったんだろ」


亜紀が不思議そうにそれを拾い上げた。


ドロッッ…………


すると突如、鏡の中から禍々しく蠢く手のようなものが伸びてきて、亜紀の手首を掴んだ。その手は亜紀を鏡に引き摺り込もうと強く引っ張っている。

見ると、どういうことだろうか、亜紀の手首から下までは埋まるように、鏡を透過していた。


「きゃあ!!」


私は亜紀を連れて行かせまいと、必死で亜紀の体を押さえたが、鏡から伸びた手は全く離れようとしない。


「何かあったのか?!」


 亜紀の叫びを聞きつけた他のみんなが、部屋から出て、こちらに駆けつけてきた。みんなは、今の状況を見ると、慌てて鏡から亜紀を引き離そうとする。




――その時、ズルンッと鏡から一層大きな喰魔の腕が伸び、その場にいた全員を呑み込んだ。私たちの抵抗も虚しく、鏡の中へと引き摺り込まれる。

ここで、私の意識は途切れた。




 ……後に残ったのは、ただの鏡だけだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?