喰魔の手に引き摺り込まれ、私たちは暗闇へと落ちていった。
「痛っ!!」
どのくらい落ちたのだろうか、暗闇の底へと身体を打ちつけ、全身に衝撃を受けた。
私は、体の痛みを逃しながら、起き上がる。
パッッッ!!
――そのとき、突然、目が開けられないほどの光が灯った。
「――っっ!」
目の痛みがおさまり、なんとか閉じたまぶたを開けると、私は、目に入ってきた光景に思わず息を呑んだ。
――光の正体であろう、天井に取り付けられたスポットライト、撮影用アンブレラ、白い内壁……。
「撮影スタジオ…………?」
一瞬、スタジオかと思ったが、周りをぐるっと囲むように、大量の鏡が整列している。少なくとも、普通のスタジオではない。
周りには、私と同じく、動揺するみんなの姿があった。
異様な景色に、半ばパニックになりつつも、状況を把握しようと、私は辺りを見まわした。その途端、
「やあ、みんな! ようこそ、俺のスタジオへ」
聞き覚えのある大声が、耳をついた。
「遠山さん…………!」
悠々とした足取りで、スタジオに登壇したのは、――遠山さんだった。遠山さん……だが、その右半身は、喰魔特有の禍々しい半固形の物体で覆われ、その顔は、よく目を凝らさないと、彼だと分からないほどだった。
「遠山さん、それ…………!」
灯子が怯えた様子で、彼の姿を指摘する。
「ん? ……ああ、これ? すごいよね、自由自在に動くんだよ」
彼は、自慢げに右半身の物体をグニャグニャと動かして見せる。
どうしてしまったのだろうか、自分が喰魔に侵されているというのに、どこか呑気だ。
様子のおかしい遠山さんに、牧さんが急かすように言った。
「何、呑気なこと言ってんの?! アンタ、喰魔に取り込まれてんだよ。……とにかく、ここから出ないと。アンタのそれ、対処のしようがないでしょ?」
遠山さんは、牧さんの言葉に、何故だかポカンとした顔をした。
――しかし、その顔はみるみる歪んでいき、いつも優しげだった目も吊り上がった。
「どうしてそんなこと言うんだ!!!」
「……え?」
彼は、こちらをキッと睨みつけたかと思うと、すごい剣幕で怒鳴り散らした。
思いもよらない言葉と、その怒りの勢いに、私たちは驚き、狼狽えた。
本当にどうしてしまったのだろうか。喰魔に取り憑かれた人間は、正常な思考まで奪われてしまうのだろうか。
「俺は、喰魔に取り込まれたままでいい…………! これなら、この身体なら、俺は、なりたい自分になれるんだ。みんなも見ただろ? 俺の模倣を! ……でもあれは完全じゃない。ちょっとした衝撃で、崩れてしまう」
ここまで一息に言うと、遠山さんは息をつき、顔を上げた。――その顔に、さっきのような憤怒はなく、代わりに、……恍惚とした表情で話を続けた。
「……だからここで、みんなを取り込んで、みんなを完璧に模倣する。みんなみたいになるんだ! みんなみたいな、
彼が言い終わると同時に、スタジオを囲むように配置されていた鏡の鏡面が揺れる……。
無数の鏡の中から出てきたのは…………
「…………私?!」
私…………いや、私
恐らく、喰魔が創り出した分身だろう。その分身に、あっという間に包囲されてしまった。
私たちは、追い詰められるように身を寄せ合い、背中合わせになる。
――嘘でしょ? これは、…………非常にまずい。
予期せぬ形ではあったが、記憶のヒントも揃わないまま、敵陣に攻め入ってしまったのだ。
何か、何か打開策は…………?
その時、ふと、視界の端で何かが煌めいた。
「あれは…………」
視線を移した先にあったものは、またもや鏡だった。それは、スタジオにある、他の鏡よりも、ずっと小さな手鏡。遠山さんはそれを、大切そうに持っている。
それに、よく見てみると、その手鏡は淡く光っている。
――記憶の光…………!
「あれが、喰魔の本体だ!」
私が小さな声でそう呟くと、
「それ、ホント?!」
みんなが私の方を見やる。
「なんとか、あれを手に入れなきゃ……」
あの手鏡に触れることさえできれば、記憶を呼び覚ませる……!
すると、亜紀が私に耳打ちする。
「うちらで、あの周りの鏡をなんとか動かして、スポットライトの光を反射させよう。目くらましくらいにはなるでしょ。ハナエちゃんはその隙に……」
その先は、言わずとも理解できた。
「さっきは、カッコ悪いところ見せちゃったしね……」
「遠山さんを助けられるなら」
他のみんなも亜紀の案に賛同した。
――そして、みんなはそれぞれ鏡に向かって走り出した。
「な、何する気だ!!」
私たちの行く手を拒もうと、分身がどっと押し寄せる。
亜紀と灯子は素早い身のこなしで、なんとか分身を避け、鏡の元へ辿り着いた。
梶原くんと牧さんのペアは、大量の分身に邪魔をされる。が、牧さんが蹴りを食らわせ、一帯の分身たちを蹴散らした。
「すごい……」
長い足を活かした強烈な一撃は、大層見ものだった。
そんなこんなで、みんなは見事、鏡の元へ辿り着いた。――そして、彼らの手によって、重たい鏡は遠山さんに向けられる。
その瞬間、鏡はスポットライトの光を反射し、スタジオの中心に立つ遠山さんを眩しく照らし出した。
「うわっ!!」
彼が怯んだ一瞬を私は見逃さなかった。彼が目を覆うように腕をかざした途端、彼に飛び掛かる。
そして――
「取ったっっ!!!」
――私は手鏡を奪い取った。