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「女みたいだ」 「男のくせに」
「普通にしなさい」
数多ある言葉の中、僕に掛けられてきたのは、こんな言葉ばかりだ。
男は男らしく、女は女らしく。そうでなくてはならないらしい。みんながそう言うんだから、きっと、僕が間違っているんだろう。
それでも、僕には、みんなにとっての
……いつしか、何が普通なのかも分からなくなった。
この世界は、僕には、……生きづらい…………。
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遠山さんの記憶の中、私たちが見たのは、異様な光景だった。辺り一面に、無数のマネキンが立っている。マネキン達はみんな一様に、顔にもやがかかっていて、表情が分からない。
「なんだ……ここ…………」
「不気味……」
「ここが、遠山さんの記憶の中なわけ……?」
マネキン達が囲むように立っている、その中心には、膝を抱えてうずくまる、1人の子供の姿があった。
顔は隠れていて見えないが、恐らく、ファッション雑誌の記憶の中で見た、過去の遠山さんだ。
遠山さんの姿を見つけると、
「私、行ってくる」
と、亜紀が一歩前に出た。
「遠山さん、一緒に帰ろう。そんなとこにうずくまってたって、どうにもならないでしょ」
遠山さんは顔をうずめたまま、一向に動かない。
「……私は、……私たちは、遠山さんのこと…………」
「男の子なんだから、いつまでも家の中で人形遊びなんかしてないで、外で遊びなさい!!!」
「…………?!」
亜紀の言葉を遮って、割り込んできた野太い声に、私たちは驚く。中年の男性の声だ。しかし、この場にいるのは、館組6人だけだ。そんな声を発する人がいるはずもない。
すると、今度はあちこちから、様々な声が飛び交って行った。
「お前、女みたいだな」
「気持ち悪いんだよ」
「どうして普通になれないの?!」
「お前は異常だ…………!」
否定の言葉、拒絶の言葉………。どれも、気持ちの良いものではない。
声の出所を探ると、それはどうやら、周りのマネキンから発せられているようだった。
ざわつき始めたマネキン達は、とどまることを知らず、口々に喚き散らす。
私たちは堪らず、耳を塞いだ。しかし、耳を塞いだところで、徐々に大きくなる雑音は、指の隙間から漏れ、聞こえてくる。どれも、マネキンの輪の中にいる遠山さんに向けられた声だった。
――彼は今まで、こんなひどい言葉をぶつけられてきたの……?
すると、今まで膝を抱えて黙り込んでいた遠山さんが、突然、何かを呟いた。
「…………たい」
「……え?」
私は、耳を塞いでいた手を下ろし、その声を聴こうとした。ザワザワとうるさいマネキン達の雑音の中、彼は確かに言った。
「……普通になりたい」
彼はいきなり顔を上げ、泣きそうな顔で、それでもハッキリと
「普通になりたい! みんなみたいになりたい!!」
半ば叫ぶような声だった。
ザワ…………。
…………………。
マネキン達は、彼に気圧されたように静かになっていく。
「でも! 僕にはみんなの「普通」が分からないんだ。僕は……異常なんだ。……だから、みんなになりたい。みんなを取り込めば、僕は普通になれるんだ。周りの人に馬鹿にされなくていい。ひどいことも言われない! だから、……だから!!」
パァンッッッッ!!!
乾いた音が響いた。
畳み掛けるように言葉を重ねていた遠山さんの頬を、亜紀が叩いたのだ。
「…………ちょっと、亜紀ちゃん……?!」
灯子の制止も聞かず、亜紀は、もう我慢ならないといった様子で怒鳴った。
「ごちゃごちゃうるさい!!」
きっと、こんな風に怒鳴られるとは微塵も思っていなかったのだろう。遠山さんはポカンとしている。
「アンタね、さっきっから自分勝手なことばっかり言って。喰魔に乗っ取られてるんだかなんだか知らないけど、早く目、覚ましなさいよ! いつもはもっと、優しかったじゃない!」
亜紀の叫びは止まらない。
「言っとくけど、アンタは異常じゃない。特別でもなんでもないの! アンタが悪いのは、周りの嫌ーな奴らの言葉に、コロコロ流されてることよ!」
そこまで言うと、亜紀は一際大きく息を吸った。
「アンタは変わる必要なんてない。アイツらの言う「異常」は、遠山さんの個性でしょ? 「普通」が個性を奪うって言うなら、そんなものいらない。普通になんてならなくていい!!」
呆然と、言葉を聴いていた遠山さんの目から一筋、涙がこぼれ落ちた。
それは、一筋、また一筋とこぼれ落ち、ついにはとめどなく溢れ出した。
「僕は、このままでいいのかなぁ? 僕、女の子みたいな趣味してるよ? 男なのに。それでも、それも、個性でいいのかなぁ……?」
「…………私、遠山さんが、亜紀ちゃんとアイドルの話してた時、生き生きした顔をしてるのを見て、羨ましいって思ったんだ……! 好きなものを好きでいていいんだ……と思う」
牧さんに続いて、俺も、私もと、みんなが同意する。
「今まで出会った人は無理だったかもしれないけど、少なくとも、ここのみんなは、あなたを受け入れてます。そのままのあなたでいて良いんです」
……好きなことを好きでいるのは、案外難しいのかもしれない。私だって、音楽を好きだと思っていたのに、その気持ちは柴崎くんのたった一言で揺らいでしまった。そうでなくても、周りが受け入れてくれなければ、好きだったものは、たちまちトラウマに成り果ててしまう。
だからせめて、私たちだけは、彼の個性を……彼の
「そうだね」、「それ、良いよね」って、笑い合える友人でいよう。
「だから、さ、みんなのところへ帰ろうよ。ここでなら、遠山さん、きっと心の底から笑えるよ」
そう言って差し出された亜紀の手を、彼は、きつく握りしめた。