「助けてっ! 灯子がいなくなったの!!」
その一報に、誰もが耳を疑った。
灯子が? 一体どうして……。
突然のことに理解が追いつかず、その場に固まる私たち。
「今朝、起きたら灯子がいなくなってて。1日中捜して回ったけど、どこを捜しても見つからないの! お願いみんな、一緒に灯子を……!」
呆然とする私たちを気に留めず、というか気に留める余裕もないのだろう、亜紀は2階の吹き抜けから、階段を転がるように降りてきて、私たちに訴えかけた。
「ちょっと……、落ち着いて、亜紀ちゃん。とりあえず座ろう。詳しく聞かせて」
取り乱す亜紀を、牧さんがなんとか宥める。しかし、牧さんの頬にも冷や汗が伝っており、私たち同様、気が気ではないのだろう。
牧さんに支えられ、ソファに亜紀が座る。バラバラだった私たちも周りに集まった。
「あの……、まず気になったんだけど、今朝起きたら、って、藤本さんと春城さんは同じところで寝泊まりしてるの?」
1番先に口を開いたのは遠山さんだった。
思い返してみれば、亜紀と灯子は館に来る時も、ほぼ同時刻だった。2人でセットの印象が強いから、いつもそこまで気にならなかったけど、彼女たちが別々の場所に住んでるとしたら、それは不自然だ。
亜紀の方へ目を向けると、彼女にしては珍しく、おずおずとした様子で言った。
「私、実は家出してるの」
『……!』
「私、アイドルになりたかったの。でも、親に反対されて……。アイドルになるためなら、どんな努力もした。きつい食事制限だってしたし、ダンスと歌の練習も……。うちは貧乏だから自分なりにだけど。その甲斐あって、オーディションの一次にだって受かってたのに……! 「そんな旬の短い仕事、売れるかどうかも分からないのに認められない」だって! 私の努力すら、認めても……、見ようともしてくれなかった。だから……」
――なるほど、だからあの日のことを亜紀に訊いたとき、あんな風に狼狽えていたのか。
私は冬流と出かけたときのことを思い出した。
「じゃあ、灯子も……?」
私が訊くと、亜紀は頷く。
「私も詳しくは聞いてないけど、あの子も家族と揉めて家を出たみたい。私たちはいつも、繁華街のそばの広場で寝てる。あそこは私たちみたいな人がたくさんいるから」
「それで、昨夜2人で眠りについたのに、今朝起きたら春城さんがいなくなってたってワケか」
「うん。心当たりのある場所を捜したけど、どこにもいないの。……ずっと走り回ってたからか、疲れて眠っちゃったみたい。そしたらここに来た」
亜紀は不安そうにスカートの裾をぎゅっと握りしめた。
ここまで、灯子が失踪した経緯を聞いていたが、私たちは悩み込んでしまった。彼女を捜しにいこうにも……。
「春城さんを見つけたいのは山々だけど、住んでる場所が遠いと、捜そうにも捜せないよな」
梶原くんが私の気持ちを代弁した。
「亜紀の言う繁華街って、S区だよね? 前に見かけたところ。週末だし、私は行けるけど……」
「S区? うちからは結構近いよ」
私の言葉に反応して、牧さんがそう言うと、俺も、私も、と他のみんなからも声が上がる。
聞けば、みんな意外と近くに住んでいるらしい。
こうして、距離の問題は解決したものの、灯子をよく知る亜紀でさえ、彼女を見つけることができなかったのだ。私たちが総出で捜したところで見つかるかどうか……。
「春城さんがここに来てないってことは、あえて眠らないようにしてるってことだよね。ここに来たくない理由はきっと、喰魔を恐れているからだ。僕が喰魔に取り込まれたばかりに……」
すると、遠山さんが申し訳なさそうに呟いた。
「喰魔を恐れているのは事実として、灯子がわざわざ
私が彼に答えると、みんなは腑に落ちたのか、口々に喋り出した。
「そっか。じゃあ、ここで灯子ちゃんの記憶を探す人と、現実で灯子ちゃんを捜す人に分かれて行動すれば、見つかる確率も上がるかも」
「春城さんがここにこない限り、喰魔化の心配も無いしね」
すると、チリン……、と言う音とともに声が聞こえた。
「どうやら突破口を見つけたようだな」
声の主はやはりシロだった。彼は両手で箱のような何かを持ち、私たちを見上げている。
「なに? それ」
亜紀が質問すると、シロは相も変わらず淡々と答えた。
「秘密兵器だ」
あまりにも真面目なトーンで言うものだから、冗談なのかそうで無いのか分からない。
私たちが困惑の表情で顔を見合わせると、シロが続けて口を開いた。
「これは、この館と現実とを繋ぐオルゴールだ」
『オルゴール?』
「ああ、現実世界でこのオルゴールの蓋を開けると、その者が眠っている、いないに関わらず、強制的にこの館に召喚されるのだ。両方の世界の通話口にもなる」
私はシロからそれを受け取った。
「あちらの世界と、こちら側とで別行動をするのならこれを使え。役に立つだろう」
見た目の割にずっしりと重いそれは、どう見ても普通のオルゴールだったが、喋るうさぎから受け取ったからか、不思議と何かしらの力が宿っているように感じられた。
「それでは、健闘を祈る」
そう言って姿を消した彼の声は、いつもより優しげに感じた。