風の谷に一歩踏み込んだそのときから、空気の質が少し変わったような気がした。
湿り気を帯びた風は、時おり葉の匂いを運びながら、七人の足元に絡みつくように吹いてきた。
「……道が、少しずつ曲がってる?」
凪が足を止めると、まなみがそっと頷いた。
「この谷の道は、生きてるんだよ。たぶんね。通る人によって姿を変えるって、聞いたことがある」
「おいおい、それって迷う可能性大じゃないか?」
ゆうきが肩をすくめたその瞬間、かなこがずるりと足を滑らせた。
「わわっ! ぬかるんでる! うええ、靴が、靴がぁー!」
「落ち着け、かなこ。こういう時は……だんご、ロープ」
えいじが手を差し伸べるより早く、だんごが後ろのリュックからロープを差し出していた。ぴったりの長さ、ぴったりのタイミング。
その鮮やかさに、ゆうきが口笛を吹いた。
「職人芸だね、相変わらず」
靴が抜けなくなったかなこを皆で引っ張り上げ、なんとか事なきを得たが、その場に残された泥の塊を見て、凪がふと呟いた。
「……もしかして、これは“第二の誓い”?」
「第二の誓い……“自分と他人の違いを受け入れること”か」
悠誠が地図の裏を見ながら、そう言った。
そして、谷の空気がまた一つ、変わった。
突然、あたりの小道が、七人の前で左右に分かれたのだ。
「え、なにこれ、選ばせる感じ?」
「どうする? 分かれ道って童話だとだいたいヤバい方向あるよね」
ゆうきの言葉に皆が顔を見合わせる。そのとき、まなみがぼそっと言った。
「……ねえ。ここって、それぞれの“違い”を見せろって意味なんじゃないかな。だから、別れて進むのが正解なんじゃない?」
誰かが止めるかと思った。でも誰一人として否定しなかった。
「それなら……こうしよう。三つに分かれよう」
悠誠が指を三本立てた。
「僕と凪、えいじとまなみ、そして、かなことゆうきと……だんご」
「だんごまで入れるのか」と、ゆうきがぼやいたが、だんごはもうとっくに準備を始めていた。
三つのチーム、それぞれが別の小道に進む。初めてバラバラになる、試される時間。
【悠誠と凪】
二人が選んだ道は、花が咲き乱れる道だった。だが、花の色はすべて白。音もなく、静かで、心が落ち着くのとは反対に、言葉を失うような空間だった。
「ねえ、悠誠。あなたは、なぜ旅に出たの?」
「うーん……自由になりたかったから、かな。でも、ほんとの理由は、たぶん自分でも分かってない」
「……それを、正直に言えるのって、すごいことだと思う」
【えいじとまなみ】
この二人の道は、霧の道だった。前も後ろも見えない。まなみがつぶやきを漏らすたび、えいじがそれを記録する。
「まなみ。君は直感で言葉を出すけど、それは無駄じゃない。僕にはない力だ」
「……ありがとう。でも、えいじの冷静さも、たぶん私にはまねできないから」
【ゆうき・かなこ・だんご】
三人の道は、一面の落ち葉。踏むたびにパリパリと音を立て、進むたびに迷子になりそうだった。
「ねえ、だんご、方向わかるの?」
無言で指差すだんごに、かなこが「あっちね!」と元気に返す。
「おい、なんで分かったんだよ」
「なんとなく!」
「なんとなくかよ!」
三人の違いが、笑いに変わる。それが“第二の鍵”だった。
そのとき、三つの道の先で、それぞれに違う風が吹いた。
けれど、その風は、すべて“合流”へと向かっていた。
再び合流した七人は、互いの話をしながら気づく。
違いは、分けるためじゃない。重ねるためにあるのだと。