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第三パート、「変わりゆく小道」

 風の谷に一歩踏み込んだそのときから、空気の質が少し変わったような気がした。

 湿り気を帯びた風は、時おり葉の匂いを運びながら、七人の足元に絡みつくように吹いてきた。

「……道が、少しずつ曲がってる?」

 凪が足を止めると、まなみがそっと頷いた。

「この谷の道は、生きてるんだよ。たぶんね。通る人によって姿を変えるって、聞いたことがある」

「おいおい、それって迷う可能性大じゃないか?」

 ゆうきが肩をすくめたその瞬間、かなこがずるりと足を滑らせた。

「わわっ! ぬかるんでる! うええ、靴が、靴がぁー!」

「落ち着け、かなこ。こういう時は……だんご、ロープ」

 えいじが手を差し伸べるより早く、だんごが後ろのリュックからロープを差し出していた。ぴったりの長さ、ぴったりのタイミング。

 その鮮やかさに、ゆうきが口笛を吹いた。

「職人芸だね、相変わらず」

 靴が抜けなくなったかなこを皆で引っ張り上げ、なんとか事なきを得たが、その場に残された泥の塊を見て、凪がふと呟いた。

「……もしかして、これは“第二の誓い”?」

「第二の誓い……“自分と他人の違いを受け入れること”か」

 悠誠が地図の裏を見ながら、そう言った。

 そして、谷の空気がまた一つ、変わった。

 突然、あたりの小道が、七人の前で左右に分かれたのだ。

「え、なにこれ、選ばせる感じ?」

「どうする? 分かれ道って童話だとだいたいヤバい方向あるよね」

 ゆうきの言葉に皆が顔を見合わせる。そのとき、まなみがぼそっと言った。

「……ねえ。ここって、それぞれの“違い”を見せろって意味なんじゃないかな。だから、別れて進むのが正解なんじゃない?」

 誰かが止めるかと思った。でも誰一人として否定しなかった。

「それなら……こうしよう。三つに分かれよう」

 悠誠が指を三本立てた。

「僕と凪、えいじとまなみ、そして、かなことゆうきと……だんご」

 「だんごまで入れるのか」と、ゆうきがぼやいたが、だんごはもうとっくに準備を始めていた。

 三つのチーム、それぞれが別の小道に進む。初めてバラバラになる、試される時間。


【悠誠と凪】

 二人が選んだ道は、花が咲き乱れる道だった。だが、花の色はすべて白。音もなく、静かで、心が落ち着くのとは反対に、言葉を失うような空間だった。

「ねえ、悠誠。あなたは、なぜ旅に出たの?」

「うーん……自由になりたかったから、かな。でも、ほんとの理由は、たぶん自分でも分かってない」

「……それを、正直に言えるのって、すごいことだと思う」


【えいじとまなみ】

 この二人の道は、霧の道だった。前も後ろも見えない。まなみがつぶやきを漏らすたび、えいじがそれを記録する。

「まなみ。君は直感で言葉を出すけど、それは無駄じゃない。僕にはない力だ」

「……ありがとう。でも、えいじの冷静さも、たぶん私にはまねできないから」


【ゆうき・かなこ・だんご】

 三人の道は、一面の落ち葉。踏むたびにパリパリと音を立て、進むたびに迷子になりそうだった。

「ねえ、だんご、方向わかるの?」

 無言で指差すだんごに、かなこが「あっちね!」と元気に返す。

「おい、なんで分かったんだよ」

「なんとなく!」

「なんとなくかよ!」

 三人の違いが、笑いに変わる。それが“第二の鍵”だった。


 そのとき、三つの道の先で、それぞれに違う風が吹いた。

 けれど、その風は、すべて“合流”へと向かっていた。

 再び合流した七人は、互いの話をしながら気づく。

 違いは、分けるためじゃない。重ねるためにあるのだと。


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