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第四パート、「涙のない謝罪」

 それは、ほんのささいな行き違いからだった。

 再び合流した七人は、笑顔でそれぞれのルートの話をしながら、少しぬかるんだ道を歩いていた。風の谷の中心に向かうにつれて、周囲は徐々に森から岩場へと変わっていく。木々の葉も減り、地面の石も鋭くなり、慎重な歩みが必要になっていた。

「ちょっと待って……この地図、こっちって書いてない?」

 凪が立ち止まり、広げた地図を見ながら指をさす。その方向には、どう見ても険しい崖道しかない。

「いやいや、あれはどう見ても無理でしょ。俺はこっちだと思う。ほら、こっちは足元がちゃんと固まってる」

 ゆうきが別の方向を指した。やや遠回りだが、見たところ安全そうな道。

「でもそれ、谷の外に逸れてる。本筋から外れてない?」

 えいじも地図に目を通し、眉をひそめた。だんごは無言で、まなみと同じ方向――崖道の方をじっと見つめている。

「……もしかして、この地図、間違ってるの?」

 かなこがぽつりと言ったその瞬間、誰かの心に小さな火種が灯った。

「間違ってるって……それ、つまり俺の読みがミスだったって言いたい?」

 ゆうきが少しだけ声を荒らげた。今まで茶化しながらも、道中を明るく支えてきた彼にしては珍しい口調だった。

 空気がぴん、と張り詰める。まなみがそっと口を開いた。

「誰も責めてないよ。みんな、ただ不安なだけ」

「不安? だったら最初から任せなければいい。俺、地図なんて……別に得意じゃないのに」

 悠誠が口を開きかけたそのとき、ぽん、と何かが鳴った。

 それは、谷の中央にぽつんと立つ、石の像だった。

 像は羽根を広げた鳥の形をしていて、その足元にはまたしても風の文字が刻まれていた。


【第三の誓い】

“間違えた時は、素直に謝ること”

その涙は、悲しみのためにではなく、誠実さのために流せ。


 それを見た瞬間、静かだっただんごが一歩前に出た。

 背中から、手製の旗のような布を取り出し、地面に突き立てた。

 その布には、子どもの字で「ゴメン」とだけ書かれていた。

 それを見て、誰もが一瞬、何が起きたのか分からなかった。

「……え、それって、だんご……?」

「さっきの選択で、僕ら、遠回りしちゃってたってこと?」

 まなみがそっと尋ねると、だんごはうなずいた。自分が正しいと思っていた道が、実は回り道だったのだ。

 でも、だんごは言葉を使わず、謝った。

 その行動に、ゆうきがぐっと喉を詰まらせた。

「……なんだよ、それ。ずるいな」

 ぽつりとつぶやいたあと、彼も肩の荷を降ろすように、ぽんと自分の胸を叩いた。

「……ごめん、俺、ちょっとカッとなってた。なんか、自分がリードしてるみたいな気になってたんだ。ほんとは、皆で旅してるのにな」

 その言葉に、えいじが続いた。

「俺もだ。正直、“違う”と思っても、言い方を考えるべきだった。ごめん」

 そして、凪が小さく微笑んだ。

「“正しい”より、“素直”って、案外勇気がいるのね」

 風がまた、像の羽根を撫でた。その瞬間、像がふわりと光を放ち、あたりの空気が和らぐ。

 第三の誓いが、果たされた。

 それは、誰かを責める涙ではなく、自分を許す涙だった。


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