それは、ほんのささいな行き違いからだった。
再び合流した七人は、笑顔でそれぞれのルートの話をしながら、少しぬかるんだ道を歩いていた。風の谷の中心に向かうにつれて、周囲は徐々に森から岩場へと変わっていく。木々の葉も減り、地面の石も鋭くなり、慎重な歩みが必要になっていた。
「ちょっと待って……この地図、こっちって書いてない?」
凪が立ち止まり、広げた地図を見ながら指をさす。その方向には、どう見ても険しい崖道しかない。
「いやいや、あれはどう見ても無理でしょ。俺はこっちだと思う。ほら、こっちは足元がちゃんと固まってる」
ゆうきが別の方向を指した。やや遠回りだが、見たところ安全そうな道。
「でもそれ、谷の外に逸れてる。本筋から外れてない?」
えいじも地図に目を通し、眉をひそめた。だんごは無言で、まなみと同じ方向――崖道の方をじっと見つめている。
「……もしかして、この地図、間違ってるの?」
かなこがぽつりと言ったその瞬間、誰かの心に小さな火種が灯った。
「間違ってるって……それ、つまり俺の読みがミスだったって言いたい?」
ゆうきが少しだけ声を荒らげた。今まで茶化しながらも、道中を明るく支えてきた彼にしては珍しい口調だった。
空気がぴん、と張り詰める。まなみがそっと口を開いた。
「誰も責めてないよ。みんな、ただ不安なだけ」
「不安? だったら最初から任せなければいい。俺、地図なんて……別に得意じゃないのに」
悠誠が口を開きかけたそのとき、ぽん、と何かが鳴った。
それは、谷の中央にぽつんと立つ、石の像だった。
像は羽根を広げた鳥の形をしていて、その足元にはまたしても風の文字が刻まれていた。
【第三の誓い】
“間違えた時は、素直に謝ること”
その涙は、悲しみのためにではなく、誠実さのために流せ。
それを見た瞬間、静かだっただんごが一歩前に出た。
背中から、手製の旗のような布を取り出し、地面に突き立てた。
その布には、子どもの字で「ゴメン」とだけ書かれていた。
それを見て、誰もが一瞬、何が起きたのか分からなかった。
「……え、それって、だんご……?」
「さっきの選択で、僕ら、遠回りしちゃってたってこと?」
まなみがそっと尋ねると、だんごはうなずいた。自分が正しいと思っていた道が、実は回り道だったのだ。
でも、だんごは言葉を使わず、謝った。
その行動に、ゆうきがぐっと喉を詰まらせた。
「……なんだよ、それ。ずるいな」
ぽつりとつぶやいたあと、彼も肩の荷を降ろすように、ぽんと自分の胸を叩いた。
「……ごめん、俺、ちょっとカッとなってた。なんか、自分がリードしてるみたいな気になってたんだ。ほんとは、皆で旅してるのにな」
その言葉に、えいじが続いた。
「俺もだ。正直、“違う”と思っても、言い方を考えるべきだった。ごめん」
そして、凪が小さく微笑んだ。
「“正しい”より、“素直”って、案外勇気がいるのね」
風がまた、像の羽根を撫でた。その瞬間、像がふわりと光を放ち、あたりの空気が和らぐ。
第三の誓いが、果たされた。
それは、誰かを責める涙ではなく、自分を許す涙だった。