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第五パート、「落とし穴と笑い声」

 謝りあった翌朝、風の谷の空はどこまでも澄んでいた。木々の葉は陽の光を受けて銀色に光り、道の端には朝露が輝いていた。

「なんだか、昨日より風がやさしい気がするね」

 かなこがそう言うと、まなみがそっと目を閉じて頷いた。

「うん。きっとね、谷も笑ってるんだと思うよ」

 その言葉に、ゆうきが「谷に感情あんの!?」と茶々を入れるが、もう誰も怒ったりしない。むしろ、その冗談が気持ちをほぐしてくれるのが分かっていた。

 そうやって和やかに進んでいたそのとき――

 ズボッ。

 地面が突然抜けて、誰かが見事なまでに穴に落ちた。

「うわああああっっっ!!!」

 叫び声が上がり、皆が反射的に駆け寄る。

「かなこ!? だいじょうぶ!?」

「……うぅ……あたし、落とし穴に落ちた……」

 穴の底で泥まみれになっていたのは、案の定かなこだった。

「助ける! ロープ――あ、使っちゃってたんだった!」

 慌てるゆうきの後ろで、だんごがまたしてもぴったりの長さのロープをスッと差し出した。手際の良さにもう誰も驚かない。

 泥だらけのかなこを引き上げた瞬間、あたりに沈黙が流れる。

 顔から髪までべったり泥。ズボンの膝は破れ、リュックの中からなぜかパンが飛び出ていた。

 しかし――。

 「……ぷっ……」

 まなみが笑った。

 「……なんで、こんなときにパン出てくるの?」

 続いて凪が小さく噴き出し、えいじが眼鏡を外して目を伏せながら肩を震わせる。

 「やめてよお……みんな……笑わないでよぉ……」

 そう言いながら、かなこ自身が、真っ先に大きく笑った。

 「でも……うん、なんかおかしいね……私、ほんと、よく落ちるなぁ!」

 それをきっかけに、七人はその場に座り込むようにして、心から笑った。

 泥まみれ、汗まみれ、でも笑いに包まれるひととき。

 その時、穴の側に置かれた石板がひとりでに光り出した。


【第四の誓い】

“失敗を笑いに変えること”

笑いは、恐れの影を小さくする。


「……そうか。これも、谷の仕掛けだったんだな」

 悠誠が地面に手をつき、ぽんぽんとたたいた。

「うまいことやるね、風の谷さん」

 ゆうきがにやりと笑うと、また皆がくすくすと笑い出す。

「でも、かなこのパンは何で出てきたんだろう……?」

 凪が小さく首をかしげると、まなみがぽつり。

「それはきっと、谷が“今日の笑い”を選んだんだよ」

「そんなに笑わせる気だったの!?」

 叫ぶかなこに、ピッピ(かなこのリュックに乗っていた小鳥)までが「ピィ!」と鳴いて応じる。

 こうして、“失敗を笑いに変える”第四の鍵も、風の音とともに開かれていった。


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