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第四章 窓の向こうで笑うもの

 廊下の突き当たりには、階段があった。

 木製の古びた段板は軋み、踏むたびにミシミシと異音を立てる。

 階段を登るごとに、空気が変わる。

 明らかに、冷たくなっている。

「……ここからが、本番だな」

 海夏人が前を見据えたままつぶやく。

「窓のある部屋って、二階の右側の一番奥だったよな」

 鼓大郎が自分に言い聞かせるように言い、皆がうなずいた。

 だが、一つだけ変わっていた。

 ――窓が“見えない”。

 昨日は外からも確認できたはずの窓が、いくら目を凝らしても、今はどこにも存在していない。

「……消えたのか?」

 日菜が呟く。

「いや、隠されてる。部屋ごと、“表層から外された”」

 詩旺埋がそう言ったとき、紗代子がそっと手を上げた。

「ごめん……これ、見て」

 彼女のスマホには、地図アプリの画面が映っていた。だが、GPSの現在地が“屋外”を指している。

「位置が、ずれてる……?」

「この家の中にいるのに、位置情報ではもう別の場所。……つまり、私たちのいる空間自体が、現実から外れ始めてるのよ」

 詩旺埋の指が震えていた。だが、口調は冷静だった。

「じゃあどうやって“窓のある部屋”に行く?」

 克宣が問う。

「思い出すのよ。そこにあった景色を、全員で強く思い出して。位置や空気感、匂い、音……」

 彼女の指示で、全員が目を閉じた。

 風の音――

 板のきしみ――

 0時の鐘――

「……見えた」

 陸人が目を開いた瞬間、皆の前に“扉”が出現していた。

 黒く、古く、だが明らかに他の部屋とは異なる雰囲気を放っている。

「開けるぞ」

 陸人がドアノブに手をかける。

 午後の4時はとうに過ぎていた。

 扉は静かに開いた。

 そこには――窓があった。

 だが、その手前に“何か”が立っていた。

 それは、人の形をしていた。

 だが目がなかった。口元だけが異様に裂けており、にぃ、と笑っていた。

「……誰か、来たのかと思った」

 それは、人の言葉で喋った。だが“声”ではなく、頭の中に直接響くような奇妙な“音”。

「返してくれ、佐紀子を!」

 陸人が叫ぶ。

「“彼女”は、もう“こっち”のものだよ。ここでは“忘れられたもの”だけが、生きていられる」

 その存在は、少しずつ近づいてきた。

「お前たちは、“彼女”を呼び戻すために何を差し出す? 名前か? 記憶か? それとも……」

 そのとき、詩旺埋が一歩前に出た。

「私が行く。彼女を迎えに」

「詩旺埋!?」

 日菜が叫んだ。

「私は“嘘をつくと目が泳ぐ”けど、今回は本気。誰かが中から出なきゃ、こっちへ戻せない。私、“指導するの好き”なんだ。……だから、行ってくる」

 その瞬間、窓の奥が開いた。

 風が吹き込み、部屋全体が白い光に包まれる。

 詩旺埋は振り返り、笑った。

「“必ず”戻る。佐紀子を連れて」

 そして、彼女は窓の中へと消えた。

 陸人が手を伸ばしたが、届かなかった。

 窓が――音もなく、閉じた。

 ――その瞬間、部屋が崩れ始めた。

「まずい! 出口を探せ!」

 海夏人の指示で、全員が動き出す。

 壁が崩れ、天井が沈み、床が波打つ。

 だが、最後の瞬間、窓の隙間から――佐紀子と詩旺埋の姿が、こちらを見ていた。

「陸人……!」

 佐紀子の声が、今度ははっきりと届いた。

「戻ってこい……!」

 光が爆ぜた。

 そして、すべてが闇に包まれた。


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