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第六章 カーテンの裏には誰もいないのに

「――それでは、本日のホームルームを終了します」

 担任の挨拶と同時に、チャイムが鳴る。

 生徒たちはいつも通りのざわめきに包まれ、日常へと戻っていく。

 だが、陸人たちは椅子から立ち上がらなかった。

 詩旺埋と佐紀子は、数日ぶりにクラスに戻ってきた。

 見た目は変わらない。言葉も、表情も、これまでと同じだった。

 それでも、周囲の空気が“ほんの少しだけ”ズレている。

「……やっぱり、何かが……変だよな」

 鼓大郎が、机に伏せたままぽつりとつぶやいた。

「詩旺埋が、完全に戻ったとは限らない。そう思ってる?」

 海夏人の問いに、誰も否定はしなかった。

 陸人は、窓の外をじっと見つめていた。

(――鏡の中の“彼女”は、本当に消えたのか?)

 一方、女子トイレの三番目の個室の前で、日菜と紗代子が小さな声で話していた。

「この学校、元々“いなくなった女子生徒の影が映る”って噂があったんだよね」

「……その話、いつから?」

「昨日、Twitterで誰かが書いてた。“個室のカーテンが動いたけど、誰もいなかった”って」

「うちの学校、トイレにカーテンなんてないわよ……?」

 紗代子の指摘に、二人の間に沈黙が流れる。

「……ちょっと、確認してみよう」

 ふたりは、三番目の個室の扉をそっと押し開けた。

 その瞬間、風もないのに中の“空気”がかすかに揺れた。

 中は、誰もいない。

 けれど、確かに“カーテン”が揺れているような――そんな気配がした。

「……見た?」

「見た。……でも、誰もいない」

 その時、詩旺埋が廊下から現れた。

 表情は柔らかく、笑顔さえ浮かべていたが――目が、微かに泳いだ。

「なにしてるの?」

「ちょっと確認してただけ。噂になってるみたいで」

 日菜があえて軽く答える。

「へえ……“誰もいないのにカーテンが揺れる”ってやつ?」

 詩旺埋は、少し笑いながら言った。

「……その話、知ってたの?」

「ううん。今初めて聞いたよ」

 だが――彼女の目は、泳いでいた。

 その夜、陸人は奇妙な夢を見た。

 教室にひとりで立っていた彼の背後、閉まっていたはずのカーテンが“中から”揺れた。

 振り返ると、そこに――誰もいない。

(……でも確かに、誰かいた)

 朝、目を覚ました陸人の耳元で、かすかに声がささやいた。

「――みつけて」

 その声が、佐紀子のものか、それとも鏡の中の“彼女”のものか――判別はつかなかった。


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