「――それでは、本日のホームルームを終了します」
担任の挨拶と同時に、チャイムが鳴る。
生徒たちはいつも通りのざわめきに包まれ、日常へと戻っていく。
だが、陸人たちは椅子から立ち上がらなかった。
詩旺埋と佐紀子は、数日ぶりにクラスに戻ってきた。
見た目は変わらない。言葉も、表情も、これまでと同じだった。
それでも、周囲の空気が“ほんの少しだけ”ズレている。
「……やっぱり、何かが……変だよな」
鼓大郎が、机に伏せたままぽつりとつぶやいた。
「詩旺埋が、完全に戻ったとは限らない。そう思ってる?」
海夏人の問いに、誰も否定はしなかった。
陸人は、窓の外をじっと見つめていた。
(――鏡の中の“彼女”は、本当に消えたのか?)
一方、女子トイレの三番目の個室の前で、日菜と紗代子が小さな声で話していた。
「この学校、元々“いなくなった女子生徒の影が映る”って噂があったんだよね」
「……その話、いつから?」
「昨日、Twitterで誰かが書いてた。“個室のカーテンが動いたけど、誰もいなかった”って」
「うちの学校、トイレにカーテンなんてないわよ……?」
紗代子の指摘に、二人の間に沈黙が流れる。
「……ちょっと、確認してみよう」
ふたりは、三番目の個室の扉をそっと押し開けた。
その瞬間、風もないのに中の“空気”がかすかに揺れた。
中は、誰もいない。
けれど、確かに“カーテン”が揺れているような――そんな気配がした。
「……見た?」
「見た。……でも、誰もいない」
その時、詩旺埋が廊下から現れた。
表情は柔らかく、笑顔さえ浮かべていたが――目が、微かに泳いだ。
「なにしてるの?」
「ちょっと確認してただけ。噂になってるみたいで」
日菜があえて軽く答える。
「へえ……“誰もいないのにカーテンが揺れる”ってやつ?」
詩旺埋は、少し笑いながら言った。
「……その話、知ってたの?」
「ううん。今初めて聞いたよ」
だが――彼女の目は、泳いでいた。
その夜、陸人は奇妙な夢を見た。
教室にひとりで立っていた彼の背後、閉まっていたはずのカーテンが“中から”揺れた。
振り返ると、そこに――誰もいない。
(……でも確かに、誰かいた)
朝、目を覚ました陸人の耳元で、かすかに声がささやいた。
「――みつけて」
その声が、佐紀子のものか、それとも鏡の中の“彼女”のものか――判別はつかなかった。