「出席番号、飛んでないか?」
陸人がそう言い出したのは、月曜日の清掃時間のことだった。
名簿表にざっと目を通した彼は、ある“空白”に気づいた。
自分の出席番号は16番。日菜は15番。だが、その間にいたはずの“誰か”の名前が――消えている。
「え……16番が陸人でしょ? 私は15番。……じゃあ、14番?」
日菜が指で数えていくが、妙なずれがあった。
海夏人が教卓横の「座席表兼出席番号一覧」を確認し、すぐに眉をひそめた。
「これ、1~39番まであるけど……38人しかいない。つまり、“ひとり多い”ってことか?」
「違う。ひとり“欠けてる”。だけど“席”はある」
詩旺埋が静かに口を挟む。
全員の目が、“一番後ろの窓側の席”へ向いた。
その席は、常に空いていた。誰が座っていたのか、思い出せない。
けれど、机の中には――ノートがあった。
「え……誰の?」
鼓大郎がそれを引き出すと、中には誰かが取った“授業の板書”がびっしりと並んでいた。
文字は達筆だった。几帳面で、誰かの“存在”を確かに証明する痕跡。
だが、その表紙に書かれていた名前は――
「×××」
「……ふざけてんのか?」
克宣が苦笑しながら言うが、その笑いはすぐに消える。
詩旺埋が小さく呟く。
「……これは、名前じゃない。“記憶の表記拒否”。“見た者が思い出せない”よう、意図的に“向こう”に加工されてる」
「待って、それってつまり……」
紗代子が顔色を変える。
「……“誰かがこのクラスにいた”っていう現実を、今私たちは“気づいてしまった”んだよ」
その瞬間――チャイムが鳴った。
だが、音はしない。
「また……“音のないチャイム”」
日菜の声が震える。
「時間が、“こちら側じゃない”ほうに進みはじめてる」
海夏人がノートを閉じながら言った。
「でも、それってどういう意味?」
「“彼女”が帰ってくる、ってことだよ」
詩旺埋が、ただそう言った。
その夜。
陸人はまた、夢を見た。
教室の黒板に、誰かが“文字”を書いている。
白いチョークの先は見えないが、書かれる文字だけが残る。
「あたしの名前を、返して。」
目が覚めたとき、陸人の手のひらには、白いチョークの粉がついていた。
翌日。
一斉メールで、学年集会の通知が来た。
理由は書かれていない。だがその集会は“全員出席が義務”とされ、時間は“午後4時ちょうど”。
「……やばい時間に仕掛けてきたな」
克宣が低くつぶやいた。
「午後4時のドアノブに触れたら、取り込まれる。今度は……“ドアじゃなくて校舎全体”が、開こうとしてるのかも」
「もし、全員が“境界”を越えたら、どうなる?」
陸人の問いに、詩旺埋は答えない。
だが、その手には、再び“透明のノート”が握られていた。
「……やっぱり、描かないと終わらない。全部、書ききるまで」
その時、海夏人がひとつの仮説を口にした。
「“彼女”は、名前を忘れられた生徒じゃない。“最初に描かれた誰か”だ。……このノートの、一番初めに」
詩旺埋は、目を伏せた。
そして言った。
「……そのページだけは、私にも“見えない”。でも、“描いた記憶がある”」
「それって……お前が、“最初の扉”だったってこと?」
誰も答えを持っていなかった。
ただ、時計の針は刻一刻と“午後4時”に近づいていた。
終