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第十章 “彼女”の出席番号は存在しない

「出席番号、飛んでないか?」

 陸人がそう言い出したのは、月曜日の清掃時間のことだった。

 名簿表にざっと目を通した彼は、ある“空白”に気づいた。

 自分の出席番号は16番。日菜は15番。だが、その間にいたはずの“誰か”の名前が――消えている。

「え……16番が陸人でしょ? 私は15番。……じゃあ、14番?」

 日菜が指で数えていくが、妙なずれがあった。

 海夏人が教卓横の「座席表兼出席番号一覧」を確認し、すぐに眉をひそめた。

「これ、1~39番まであるけど……38人しかいない。つまり、“ひとり多い”ってことか?」

「違う。ひとり“欠けてる”。だけど“席”はある」

 詩旺埋が静かに口を挟む。

 全員の目が、“一番後ろの窓側の席”へ向いた。

 その席は、常に空いていた。誰が座っていたのか、思い出せない。

 けれど、机の中には――ノートがあった。

「え……誰の?」

 鼓大郎がそれを引き出すと、中には誰かが取った“授業の板書”がびっしりと並んでいた。

 文字は達筆だった。几帳面で、誰かの“存在”を確かに証明する痕跡。

 だが、その表紙に書かれていた名前は――

「×××」

「……ふざけてんのか?」

 克宣が苦笑しながら言うが、その笑いはすぐに消える。

 詩旺埋が小さく呟く。

「……これは、名前じゃない。“記憶の表記拒否”。“見た者が思い出せない”よう、意図的に“向こう”に加工されてる」

「待って、それってつまり……」

 紗代子が顔色を変える。

「……“誰かがこのクラスにいた”っていう現実を、今私たちは“気づいてしまった”んだよ」

 その瞬間――チャイムが鳴った。

 だが、音はしない。

「また……“音のないチャイム”」

 日菜の声が震える。

「時間が、“こちら側じゃない”ほうに進みはじめてる」

 海夏人がノートを閉じながら言った。

「でも、それってどういう意味?」

「“彼女”が帰ってくる、ってことだよ」

 詩旺埋が、ただそう言った。

 その夜。

 陸人はまた、夢を見た。

 教室の黒板に、誰かが“文字”を書いている。

 白いチョークの先は見えないが、書かれる文字だけが残る。

「あたしの名前を、返して。」

 目が覚めたとき、陸人の手のひらには、白いチョークの粉がついていた。


 翌日。

 一斉メールで、学年集会の通知が来た。

 理由は書かれていない。だがその集会は“全員出席が義務”とされ、時間は“午後4時ちょうど”。

「……やばい時間に仕掛けてきたな」

 克宣が低くつぶやいた。

「午後4時のドアノブに触れたら、取り込まれる。今度は……“ドアじゃなくて校舎全体”が、開こうとしてるのかも」

「もし、全員が“境界”を越えたら、どうなる?」

 陸人の問いに、詩旺埋は答えない。

 だが、その手には、再び“透明のノート”が握られていた。

「……やっぱり、描かないと終わらない。全部、書ききるまで」

 その時、海夏人がひとつの仮説を口にした。

「“彼女”は、名前を忘れられた生徒じゃない。“最初に描かれた誰か”だ。……このノートの、一番初めに」

 詩旺埋は、目を伏せた。

 そして言った。

「……そのページだけは、私にも“見えない”。でも、“描いた記憶がある”」

「それって……お前が、“最初の扉”だったってこと?」

 誰も答えを持っていなかった。

 ただ、時計の針は刻一刻と“午後4時”に近づいていた。

 終


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