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第十四章 図書室の“閉架”は生徒立入禁止

 放課後。

 図書室の奥、分厚い鉄の格子扉には小さく札が下がっていた。

【閉架書庫 生徒立入禁止】

「でも、ここにしかないって……本当に?」

 日菜が不安そうに尋ねる。

「“誰が最初に描いたのか”は、この学校の記録の中にある。“番号”が生まれる前の“存在の始点”。……つまり、“紬より前”に“存在を拒まれたもの”が、記録された痕跡があるはず」

 詩旺埋はノートを握ったまま、鍵のかかっていない格子をゆっくり押した。

 ぎぃ、と音を立てて開いた先には、書架が無限に続いているように錯覚するほどの古い棚が並んでいた。

 木の匂いとインクの匂い、そしてどこか“土の下のような湿気”が漂っている。

「……うちの学校、こんな本持ってたんだな」

 克宣が呟いたのは、背表紙に手書きで書かれた“旧学級名簿”を見つけたときだった。

「これ……昭和時代の名簿?」

 海夏人が手に取ってページをめくる。

 するとそこに――

 出席番号0番:記録なし

 出席番号1番:吉田海夏人

 出席番号2番:……

「……え?」

「待って、それお前の名前――」

 日菜の声が詰まる。

「違う。“吉田海夏人”って俺じゃない。漢字は同じだけど、“誕生日も住所も違う”」

「つまり、“名前を繰り返してる”……?」

 詩旺埋が静かに口を開く。

「“存在できなかった者”は、名前だけを他人に“くっつけて”この世界に忍び込もうとする。だから、古い名簿にある名前が、今の私たちと重なってる」

「これ、もしかして――」

 陸人がもう一冊の名簿を引き抜いた。

 中には、こう書かれていた。

 出席番号0番:“つむぎ”と読む女子生徒。詳細記録なし。

 担任による抹消処理済。

「……記録が、最初から“あった”。“抹消された”だけだ」

 詩旺埋はそっとページの余白に触れる。

 その指先が触れた瞬間――紙が赤く染まった。

「やばい、これ“返ってきてる”……!」

 日菜が悲鳴を上げると同時に、書架全体がゆっくりと揺れ始めた。

 背後の扉が――閉じた音がしなかった。

「閉じ込められた……!?」

 海夏人が走って戻ろうとするが、そこには――壁。

 鉄扉は消えていた。まるで“最初からこの部屋には存在していなかった”かのように。

「空間が……変わってる」

 詩旺埋はノートを開いたまま、震える筆で描き始める。

 描かれていくのは、“図書室”の中に浮かぶ“教室”。

 その中に、“座る少女たち”。

 すべて“顔がない”。だが一人だけ、微かに笑っていた。

「……この絵、昨日見た。夢で」

 陸人の声に、皆が息をのむ。

「夢で見た時、俺……その中に“自分”もいた」

 そして、棚の奥――ひときわ古びた木箱の中に、黒いカバーのノートが見つかった。

「教員用観察記録ノート」

(第二校舎 解体前・特別指導対象生徒)

 ページを開く。

 そこには、こう書かれていた。

「名前を与えなかった“少女”は、校舎の影に定着し始めている。

 本記録を以て、“0番”の存在を完全に封じ、記憶から外す。

 ※以降、定期的に“番号のみ”で対応すること。名前を与えてはならない。」

「……学校ぐるみで、“封印”してた……?」

「じゃあ、名前を呼んだ私たちは……」

 日菜の声が震えた。

「封印を破った“代償者”」

 詩旺埋がそう言った瞬間――

 床下から、“ノック”が聞こえた。

 コン……コン……コンコン……

「出る準備、してる」

 詩旺埋の声がかすれた。

 終


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