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第十八章 火事で焼け残った手紙に隠された真実

 十年前。

 旧校舎――第二校舎の東側棟が、原因不明の火災で全焼した。

 けが人ゼロ。出火原因不明。だが、ある一点だけ、不自然な記録が残っていた。

「火災当時、保存されていた生徒名簿のうち、“一部のみ”が焼け残っていた」

「焼け残ったページには、出席番号“0番”だけが記載されていた」

 それが記された報告書のコピーを、海夏人がファイルから引き抜いた。

「これ……燃え残った手紙って、この記録のこと?」

「違う。本当の“手紙”が、ある」

 詩旺埋が、ノートから一枚の封筒を取り出した。

 煤けて、ところどころ焼け焦げた封筒。差出人不明。封は破かれていた。

 中に入っていたのは、一枚の便箋。

 そこに書かれていたのは、子どもの文字だった。

「せんせいへ

 わたしのなまえをよんでくれてありがとう

 でも、もしわすれても、またよんでくれたらいいよ

 あたしはここにいるから」

 一同が言葉を失った。

「……これ、“紬”が書いたのか?」

 鼓大郎が問いかけるが、詩旺埋は首を振る。

「筆跡が違う。“紬”よりも前。たぶん、“最初の存在”。“名前を願っただけ”で、誰にも読まれなかった子の“記録”」

「……この手紙、“火の中で残った”ってことは……?」

「意図的に、“この子の想い”だけが“焼け残された”。

 記録じゃない。“想い”そのものが、物理的に“形”を持った」

 その瞬間、ノートが震えた。

 詩旺埋の膝の上で、まるで心臓のように、ページが脈打っていた。

「……なに?」

 ノートが開かれ、白紙のはずのページに、文字が浮かび上がる。

「忘れないでくれてありがとう。

 でも、“呼ばれなかった名前”は、まだ“戻れてない”。

 “火”は、“記憶を焼くもの”じゃない。

 “記憶を守るもの”でもある。」

 詩旺埋の目が大きく見開かれる。

「……そうか。“火事”は、記録の“消去”じゃなかった」

「どういう意味だ?」

 陸人が尋ねる。

「“火事”が起きたのは、“名前を呼ばれなかった存在”が“記録されないことに抗った”から。

 だけど、完全に焼き尽くすことはできなかった。

“誰かが名前を呼んだ”――それが、“この手紙”」

 詩旺埋は便箋を手に取り、ゆっくりと読み上げた。

「……“わたしのなまえをよんでくれてありがとう”」

 読み終わった瞬間、空気が震えた。

 まるで教室中が――“誰かの呼吸”に包まれたように。

「“この子”だけが、“自力で記録された存在”だった」

「……名前を呼ばれたことが、“証明”だったんだ」

 日菜がかすれた声で言った。

「そして、その記録は――“火”にすら焼けなかった」

 その瞬間、ノートの片隅に、ひとつの名前が現れた。

「絢音(あやね)」

 誰もその名を聞いたことはなかった。

 だが全員が、胸の奥に“何かを思い出しかけた”感覚に襲われた。

「この子が、“0番”になるはずだった存在……?」

「違う。“ならなかった”存在。“記録された記憶”が一度でもあったから、“0番”に吸収されなかった”」

「つまり……“0番”を止める鍵は、“記録された想い”」

「――“呼ばれた名前”。」

 そのとき、教室の窓の外。

 かすかに微笑む少女の姿が、ガラス越しに浮かび上がった。

 終



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