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Section6-2:ヴァルトへの退城命令

朝の光が練兵場れんぺいじょう砂利じゃりを白く照らす中、ヴァルトは無言で木刀ぼくとうを振るっていた。


一振り、また一振り。その動きには、普段の優雅さではなく、どこか荒々あらあらしさが混じっていた。


「随分と早朝から熱心だな」


低い声に、ヴァルトは振り向いた。屋敷の執事長シルクが、朝のつゆに濡れた地面を歩いて近づいてきた。


「シルク殿」ヴァルトは木刀を下ろし、軽く頭を下げた。「おはようございます」


シルクは厳格な顔立ちの年輩の男性で、エドガー侯爵の側近として長年仕えてきた人物だった。ヴァルトとは同じ執事でありながら、立場も考え方も大きく異なる。


「侯爵様からの呼び出しだ」シルクは感情を含まない声で伝えた。「今すぐ書斎へ」


ヴァルトの目に一瞬、警戒の色が浮かんだ。「わかりました」


彼は木刀をさやに収め、汗を拭うと、屋敷へと向かった。早朝の練習は、彼にとって数少ない自分だけの時間だった。特に最近は、イリスと会う機会も減り、心の均衡きんこうを保つための大切な習慣となっていた。


エドガー侯爵が帰還してから二週間が過ぎようとしていた。その間、ヴァルトはイリスと二人だけで話す機会をほとんど持てなかった。常に誰かの監視の目があり、彼らの間には見えない壁が作られていた。


書斎の扉の前で、ヴァルトは一瞬立ち止まり、深呼吸をした。彼はノックをすると、中から「入れ」という低い声が響いた。


「失礼します」彼は静かに部屋に入った。


書斎の奥、窓の光を背に受けて、エドガー侯爵が立っていた。その横顔は鋭利えいりたかを思わせる。


「ヴァルト・グレイハウンド」エドガーは振り向きもせずに言った。「近くに来い」


ヴァルトは静かに歩み寄り、侯爵の前で一礼した。「ご用件は?」


「お前に新しい任務を与える」エドガーはようやく振り向き、彼をじっと見た。「明日から王都のラヴェンデル男爵邸に派遣する」


「王都ですか」ヴァルトは平静を装ったが、内心では警戒心が高まった。ラヴェンデル男爵—彼は確か、異能者狩りで知られる貴族ではなかったか。


「そうだ」エドガーは続けた。「男爵邸の警備体制を強化するため、お前の技術が必要だという。一ヶ月の予定だ」


一ヶ月—イリスと一ヶ月も離れることになる。しかもセドリックの訪問を明日に控えて。これは明らかに、彼をイリスから遠ざけるための策略だった。


「侯爵様」ヴァルトは丁寧に言った。「お嬢様の護衛は?」


「他の者で十分だ」エドガーの声に冷たさが増した。「それとも、お前は私の命令に異議があるのか?」


ヴァルトは一瞬だけ目を閉じた。彼には選択肢がなかった。「いいえ、侯爵様」


「良い返事だ」エドガーの口元に薄い笑みが浮かんだ。「獣人らしい従順さだ」


その言葉にヴァルトの中で何かがきしんだが、彼は表情に出さなかった。


「荷物をまとめろ」エドガーは窓の方を向き直った。「明日の夜明けに出発だ」


「かしこまりました」ヴァルトは一礼した。「では、お嬢様にご挨拶を—」


「不要だ」エドガーの声はむちのように鋭かった。「イリスは忙しい。これから婚約者が来るのだ。そのことで頭がいっぱいだろう」


ヴァルトの胸に痛みが走った。イリスに別れも告げずに去れというのか。


「侯爵様、せめて—」


「下がれ」エドガーはきっぱりと言った。「これ以上の議論は認めん」


ヴァルトには、それ以上何も言えなかった。彼は深く頭を下げると、静かに部屋を後にした。


書斎を出たヴァルトの表情には、珍しく感情が浮かんでいた。彼の琥珀色の瞳が、かすかに揺れている。


「ヴァルトさん」


廊下の奥から、シルヴィアが彼を呼んだ。彼女の表情には心配の色が浮かんでいた。


「シルヴィア殿」ヴァルトは少し落ち着きを取り戻した。「聞いていたのですか?」


「少し…」彼女は周囲を見回し、彼に近づいた。「大変な命令ですね」


「仕方ありません」ヴァルトは淡々と言った。「従うだけです」


シルヴィアは彼の目をじっと見た。「お嬢様に伝えましょうか?」


ヴァルトは少し躊躇った後、小さく頷いた。「お願いできますか」


「もちろんです」シルヴィアは優しく言った。「それと…」


「はい?」


「今日の午後、バラ園の東側の小さな四阿あずまやで、お嬢様が刺繍をなさいます」シルヴィアは小声で言った。「その時間、私は少し席を外す予定です」


ヴァルトの目が微かに輝いた。「ありがとうございます」


シルヴィアは微笑んだ。「お嬢様の笑顔は、あなたがいなければ消えてしまうかもしれません」彼女は真剣な表情で続けた。「どうか、彼女を支えてあげてください」


「命に代えても」ヴァルトは静かに、しかし強い決意を込めて答えた。


◆◆◆


午後の陽光が、バラ園の四阿あずまやを優しく照らしていた。


イリスは刺繍枠を手に持ちながらも、針をほとんど動かしていなかった。彼女の心は落ち着かなかった。明日、セドリックが訪れる。彼は「選択肢」について何か具体的なことを話すのだろうか。そして、父がヴァルトを別の任務に就かせようとしているという噂も耳にしていた。


「イリス嬢」


その声に、彼女は思わず刺繍枠を取り落とした。振り返ると、そこにはヴァルトが立っていた。彼は四阿の木陰に身を隠すようにして立ち、周囲を警戒している様子だった。


「ヴァルト!」イリスは思わず声を上げそうになり、すぐに小声に戻した。「どうしてここに?」


「シルヴィアから聞きました」彼は四阿の中に入り、彼女の近くに立った。「お話ししなければならないことがあります」


イリスは彼の表情に何か異変を感じ取った。「何かあったの?」


ヴァルトは少し言葉を選ぶように間を置いた。「明日、私は王都に行くことになりました」


「やっぱり…」イリスの胸が締め付けしめつけられるように痛んだ。「いつ戻るの?」


「侯爵様の話では、一ヶ月の予定です」


「一ヶ月?!」イリスは思わず立ち上がった。「そんなに長く…」


「ラヴェンデル男爵邸の警備強化のためだと」ヴァルトは淡々と説明したが、彼の目には悲しみの色が浮かんでいた。


「嘘でしょう」イリスは肩を震わせた。「明らかに父上の策略よ。あなたを私から引き離すための…」


「おそらく」ヴァルトも認めた。「しかし、私には従う以外に選択肢がありません」


イリスは窓の外を見た。春の庭は美しく咲き誇っているのに、彼女の心は冬に逆戻りしたように冷たくなっていた。


「一ヶ月後、もう遅いかもしれないわ」彼女は静かに言った。「父上はどんどん私の自由を奪っていく」


「イリス」ヴァルトが彼女の名を呼んだ。彼が敬称なしで彼女を呼ぶのは、特別な瞬間だけだった。「あなたは強くなりました。一ヶ月、耐えられます」


「でも、明日セドリックが来るの」イリスは彼を見た。「彼が言っていた『選択肢』について話すかもしれない」


「だからこそ」ヴァルトの目に憂いうれいが浮かんだ。「慎重になってほしい」


「どういう意味?」


「セドリック様が何を提案するにせよ」ヴァルトは真剣な眼差しで言った。「それがあなたにとって本当に良いことなのか、よく考えてください」


イリスは彼の懸念を理解した。「あなたはセドリックを信用してないの?」


「私の意見は重要ではありません」ヴァルトは静かに言った。「ただ、あなたの安全と幸せを祈るだけです」


「あなたの意見は重要よ」イリスはきっぱりと言った。「私にとって、とても」


その言葉に、ヴァルトの表情が柔らかくなった。「ありがとう」


二人の間に沈黙が流れた。言いたいことは山ほどあるのに、時間がない。


「一ヶ月の間、どうやって連絡を取れば?」イリスが尋ねた。


「それが…」ヴァルトは申し訳なさそうに言った。「侯爵様は私との接触を完全に断とうとしています。手紙も監視されるでしょう」


「でも、何か方法があるはず」イリスは必死に考えた。「ユナなら…」


「危険です」ヴァルトは首を振った。「ユナを危険に晒したくありません」


「じゃあ、私たちはただ…」イリスの声が震えた。「一ヶ月も連絡が取れないの?」


ヴァルトは一瞬考えた後、胸元に手を伸ばした。そこから小さな翡翠ひすい護符おふだを取り出す。


「これを」彼は护符を彼女に差し出した。


「これは?」イリスは不思議そうに見つめた。


「獣人の間では、離れていても心が通じる『つながりの護符』と言われています」ヴァルトは少し恥ずかしそうに説明した。「迷信かもしれませんが…」


イリスは大切そうに护符を受け取った。「あなたの大切なもの?」


「はい」彼は静かにうなずいた。「母代わりだった人からもらった唯一の形見です」


その言葉に、イリスの胸が熱くなった。彼がそれほど大切なものを彼女に託してくれるなんて。


「大切にするわ」彼女は护符を胸に抱きしめた。「約束する」


ヴァルトの目に安堵の色が浮かんだ。「一ヶ月後、必ず戻ってきます」


「待ってる」イリスはまっすぐ彼を見た。「だから、あなたも約束して。無事に戻ってくると」


「約束します」


この時、彼らの間には言葉にならない何かが流れていた。短い沈黙の中に、多くの感情が詰まっている。


「イリス」ヴァルトが再び彼女の名を呼んだ。「もう一つ、お伝えしたいことがあります」


「何?」


「あなたの異能いのうについて」彼の声が真剣になった。「最近、少しずつ強くなっているのを感じますか?」


イリスは少し驚いたが、素直にうなずいた。「ええ。特に感情が高ぶると、制御が難しくなるの」


「そうでしょう」ヴァルトは心配そうに言った。「私がいない間、練習は続けてください。深呼吸と瞑想…あなたならできます」


「わかったわ」イリスは約束した。「あなたが教えてくれた通りにするわ」


「そして、もし誰かにその力を見られそうになったら…」ヴァルトは言葉を選んでいるようだった。「すぐに逃げてください。特にラヴェンデル男爵の関係者には」


「ラヴェンデル男爵?」イリスは首を傾げた。「どうして?」


「彼は…」ヴァルトの表情が暗くなった。「異能者を狩る人物として知られています」


イリスは息を呑んだ。「だから、父上はあなたを彼のところに?」


「おそらく」ヴァルトはうなずいた。「しかし、心配しないでください。私は用心します」


イリスは不安で胸がつぶれそうだった。「ヴァルト、お願い…もし危険を感じたら、すぐに逃げて」


「私は大丈夫です」彼は微笑もうとしたが、それは少し寂しげな笑みだった。「あなたの方こそ、気をつけて」


「ヴァルトさん」


突然の声に、二人は驚いて振り返った。シルヴィアが小走りでやってきた。


「シルク執事長が探しています」彼女は息を切らせて言った。「もうすぐここに来るかもしれません」


「わかりました」ヴァルトは急いで立ち上がった。「行かなければ」


「待って」イリスは突然、彼の袖を掴んだ。「あと少しだけ…」


彼女の目には、涙が浮かんでいた。それを見て、ヴァルトの表情が苦しみに満ちた。


「イリス」彼は静かに言った。「もう一度会えますか?出発前に」


「夜、図書室で」イリスが答えた。「皆が寝静まった後」


「危険です」シルヴィアが心配そうに言った。


「でも、行くわ」イリスは決意を込めて言った。「最後にちゃんとお別れを言いたい」


ヴァルトは一瞬迷った後、頷いた。「では、深夜に」


彼は急いで四阿を出て、庭の木々の間に姿を消した。その後ろ姿を見送りながら、イリスの胸は重くなった。


「お嬢様…」シルヴィアが彼女の肩に手を置いた。


「大丈夫よ」イリスは涙をこらえた。「泣いたりしないわ」


しかし、彼女の手は震えていた。それは怒りなのか、悲しみなのか、恐れなのか—彼女自身にもわからなかった。


「シルヴィア」イリスは静かに言った。「ヴァルトは本当に一ヶ月で戻ってこられるの?」


シルヴィアの表情が暗くなった。「正直に申し上げれば…侯爵様の意図は、おそらく彼を永久に遠ざけることでしょう」


「そう」イリスの声が冷たくなった。「父上は私から、大切なものを全て奪おうとしている」


「お嬢様」シルヴィアの声には警告が含まれていた。「今は我慢のときです」


「わかってるわ」イリスは深呼吸をした。「でも、このまま黙っているつもりはないわ」


◆◆◆


夜の屋敷は、深い闇に包まれていた。


イリスは夜着やぎの上に薄い外套がいとうを羽織り、静かに部屋を抜け出した。廊下には松明が疎らに灯されているだけで、影が踊るように揺れていた。


彼女は壁に沿って音を立てないよう、そっと歩を進めた。図書室は東の翼、彼女の部屋からはかなり離れたところにある。


心臓が早鐘を打つような音が、自分の耳にも聞こえる。もし見つかれば、父の怒りは相当なものになるだろう。でも、ヴァルトに会わずに彼を旅立たせるわけにはいかなかった。


曲がり角で、イリスは足を止めた。警備の衛兵が立っている。彼女は壁の陰に身を隠し、衛兵が去るのを待った。


「お嬢様」


突然の囁きに、イリスは小さく悲鳴を上げそうになったが、すぐに手で口を覆った。振り返ると、そこにはユナが立っていた。


「ユナ!」イリスは驚いて小声で言った。「どうしてここに?」


「シルヴィアさんから聞きました」ユナも小声で答えた。「お手伝いします」


「でも、危険よ」


「大丈夫です」ユナは決意に満ちた表情で言った。「私、この屋敷の抜け道を知ってるんです」


彼女は小さな手でイリスを導き、使用人用の裏廊下うらろうかへと連れていった。そこは暗くて狭かったが、誰にも見つからずに移動できる。


「本当にありがとう」イリスはユナの手を強く握った。


「ヴァルトさんが行っちゃうって聞いて」ユナの表情が悲しげになった。「みんな心配してるんです」


「みんな?」


「使用人たちです」ユナは説明した。「ヴァルトさんは厳しいけど、いつも私たちのことを守ってくれて…皆、尊敬してるんです」


その言葉に、イリスの胸が温かくなった。ヴァルトは彼女だけでなく、屋敷の多くの人に慕われていたのだ。


ようやく図書室の裏口にたどり着いた二人は、そっとドアを開けた。


「ここで待ってます」ユナが言った。「誰か来たら、合図します」


「ありがとう」イリスは心からの感謝を込めて言った。


図書室に入ると、月明かりだけが窓から差し込む静かな空間に、一つの影が佇んでいた。


「ヴァルト」


彼は振り返り、イリスを見た。その顔には、安堵と驚きが混じっていた。


「来てくれたんですね」彼は小声で言った。「危険だったのに」


「来ないわけないでしょう」イリスは彼に近づいた。「ユナが手伝ってくれたわ」


「ユナが?」ヴァルトは驚いたように見えた。


「ええ。彼女、意外と抜け目ぬけめないのよ」イリスは小さく微笑んだ。


二人の間に沈黙が広がった。言いたいことはたくさんあるのに、どこから始めればいいのかわからない。


「準備はできた?」イリスが尋ねた。


「ええ」ヴァルトはうなずいた。「夜明けに出立します」


「一ヶ月…長いわね」


「あっという間です」ヴァルトは彼女を安心させようとした。


しかし、イリスは首を振った。「本当は、もっと長くなるかもしれないのよね。もしかしたら、永久に…」


「そんなことはありません」ヴァルトはきっぱりと言った。「必ず戻ってきます」


「でも、父上が許さなかったら?」


「侯爵様の命令であっても」ヴァルトの目に決意の光が宿った。「私はあなたの執事です。あなたに仕える誓いを立てました」


イリスは彼の真剣な眼差しに、心を打たれた。「ヴァルト…」


「これまでの間に」彼は静かに続けた。「あなたは大きく変わりました。もう、誰かに命じられるまま生きる人形ではない」


「それは、あなたのおかげよ」イリスは素直に言った。


「いいえ」ヴァルトは首を振った。「あなた自身の強さです」


月の光が二人の間を照らしていた。イリスの銀色の髪が、まるで光を宿したように輝いている。


「ヴァルト」彼女は決意を込めて言った。「もし、あなたが一ヶ月経っても戻ってこられなかったら…私が探しに行くわ」


「イリス」ヴァルトは驚いたように彼女を見た。


「本気よ」彼女の瞳に強い光が宿った。「私はもう、言われるままに生きる人形じゃない。あなたが言ったでしょう?」


ヴァルトの表情が柔らかくなった。「本当に強くなりましたね」


「だから」イリスは彼の目をまっすぐ見つめた。「必ず再会しましょう。約束よ」


「約束します」ヴァルトは真剣に言った。「命に代えても」


その瞬間、イリスの中で何かが溢れそうになった。感情の高まりと共に、彼女の指先から微かな紫色の光が漏れ始める。


「あっ…」彼女は慌てて手を握りしめた。


「大丈夫」ヴァルトは落ち着いた声で言った。「深呼吸を」


イリスは彼の教えに従い、ゆっくりと呼吸を整えた。光は少しずつ消えていった。


「ごめんなさい」彼女は小さく言った。「まだ完全に制御できなくて…」


「いいえ」ヴァルトは優しく言った。「むしろ、よく抑えられています」


イリスは小さく微笑んだ。「あなたがいると、力が安定するの」


「それは…」ヴァルトの目に驚きが浮かんだ。「興味深いですね」


「だから、早く戻ってきて」イリスは半分冗談、半分本気で言った。


「必ず」


突然、廊下から小さな音が聞こえた。二人は警戒して身を固くした。


「お嬢様!」ユナの小さな声が扉の向こうから聞こえた。「誰か来ます!」


「もう行かなきゃ」イリスは残念そうに言った。


「ええ」ヴァルトもうなずいた。


別れの時が来た。イリスは何を言えばいいのか分からなかった。手紙も書けず、連絡も取れない一ヶ月。それは彼女にとって、とても長い時間に思えた。


「ヴァルト」彼女は急に決心したように言った。「あなたに伝えておきたいことがあるの」


「何でしょう?」


「あなたが戻ってきたら…」イリスの頬がほんのりと赤くなった。「私、もう少しだけ勇気を出して、大切なことを話すわ」


ヴァルトの目が少し見開かれた。「大切なこと?」


「ええ」イリスはうなずいた。「だから、必ず無事で戻ってきて」


「約束します」ヴァルトの声に強い決意が込められていた。


誰かの足音が近づいてきた。もう時間がない。


「行かなきゃ」イリスは後ろに下がった。


「気をつけて」ヴァルトが言った。


イリスは後ろにあった裏口へと向かった。扉を開ける前、彼女は最後にヴァルトを振り返った。


「待ってるわ」


そう言って彼女は部屋を出た。ユナが暗闇の中で彼女の手を取り、急いで元の道を引き返した。


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