「ここなら少しは安全です」シルヴィアは古びた木の扉を開けながら言った。「まずは休みましょう」
イリスは
「お嬢様、どうぞ」ヴァルトが古い椅子の
「ありがとう…」彼女はかすれた声で答えた。
セドリックがすぐに火を起こし、ユナが持ってきた
シルヴィアは窓の外を警戒しながらも、イリスの顔色を心配そうに見ていた。「お嬢様、少し横になったほうが」
「いいえ、まだ…」イリスは弱々しく首を振った。「話さなければならないことがあるわ」
彼女は全員に向き合うように姿勢を正した。そして、母の遺した日記のこと、異能の真実、そして父が彼女を王宮に売り渡そうとしていたことを話し始めた。ロケットに仕掛けられた
「だから、あの黒装束の人たちは王宮の魔法技術院の者たち…」話し終えた彼女の声は疲れ切っていた。
「なんてこった」セドリックは
「だから、私はここに来た」シルヴィアが言った。「このままでは、お嬢様が捕らえられてしまう」
ヴァルトは黙って話を聞いていたが、その目は何かを
「ヴァルト」イリスが彼に視線を向けた。「あなたはどう思う?」
「私は…」彼は言葉を選ぶように間を置いた。「あなたをどこまでも
その言葉に、イリスの胸が温かくなった。しかし同時に、ある思いが湧き上がってきた。
(これ以上、皆を巻き込みたくない)
「でも、どこへ行けばいいの?」ユナが
「北の国境を越えるのはどうだろう」セドリックが提案した。「そこから隣国へ。異能者に対する扱いは、向こうの方が良いと聞く」
「北の国境は厳重に守られています」シルヴィアが眉をひそめた。「簡単には越えられません」
「それに」ヴァルトが
全員の視線が彼に集まった。
「どういうこと?」イリスが尋ねた。
ヴァルトはイリスを
洞窟での出来事を思い出し、イリスは小さく
「それと、このロケット」ヴァルトは懐からイリスの母のロケットを取り出した。「これが追跡の
「でも、それがないと…」イリスの声が
「お嬢様の異能を安定させる助けになっている」シルヴィアが
「難しい選択ですね」セドリックが腕を組んだ。「安全を取るか、安定を取るか」
室内に重い沈黙が
「ちょっと…水を汲んでくる」ユナが気まずい空気を読んだのか、小さな
「私も周囲を確認してきます」セドリックも立ち上がった。
二人が出て行き、イリス、ヴァルト、シルヴィアの三人が残された。
シルヴィアはイリスとヴァルトを交互に見て、小さく
彼女もまた小屋を出て行った。その
「お嬢様」ヴァルトが
「何?」
「追手の問題も、異能の問題も、同時に解決する方法です」
イリスは彼に視線を向けた。ヴァルトの顔には、どこか
「異能者狩りの間では、ある
「異能の受容?」
「ええ」ヴァルトは頷いた。「強い生命力を持つ者が、異能者の力の一部を
「それは…」イリスの目が大きく見開かれた。「あなたが私の力を…?」
「獣人である私なら」ヴァルトは真剣な眼差しで続けた。「あなたの異能の一部を
「でも、危険すぎる!」イリスは思わず声を上げた。「そんなこと…」
「危険は承知しています」ヴァルトの声は
「嫌よ!」イリスは強く首を振った。「あなたが犠牲になることなんて、絶対に許さない」
ヴァルトの顔に
「冗談で言ったの?」
「いいえ」彼は真剣な表情に戻った。「本気です。しかし、あなたがそう言うだろうとも思っていました」
イリスはヴァルトの顔をじっと見つめた。彼の琥珀色の瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。本当に命を懸けてでも彼女を守る気なのだ。
「ヴァルト…」イリスの声が柔らかくなった。「私のために、どこまでも尽くしてくれるのね」
「それが執事の務めです」
「いいえ」イリスは静かに、しかし強く言った。「あなたは単なる執事じゃない。あなたは…」
言葉が詰まった。彼女の中に湧き上がる感情を、まだ言葉にする勇気がなかった。
「お嬢様…」ヴァルトの声も何かを
二人の間に
突然、外から物音がした。二人は
「森の中よ!」シルヴィアの警告の声。
ヴァルトは瞬時に立ち上がり、窓の外を見た。「追手が来たようです」
「ユナとセドリックは?」イリスも立ち上がった。
「小屋の裏にいます」ヴァルトは素早く状況を
「どうすれば…」
「ここは私に任せて」ヴァルトは
「また置いていけって言うの?」イリスの声が
「お嬢様」ヴァルトが彼女の肩を掴んだ。彼の手は温かく、強かった。「今は私の言うことを聞いてください。必ず後で合流します」
「約束して」イリスは彼の目をまっすぐ見た。「必ず戻ってくると」
「約束します」
しかし、その言葉にはどこか
「行って」ヴァルトが
イリスは
彼女が裏口を開けると、シルヴィアとユナがそこで待っていた。
「お嬢様!」ユナが安堵の表情を見せた。
「急いで」シルヴィアは彼女の手を引いた。「セドリック様は見張りをしています」
「でも、ヴァルトは?」
「彼は…」シルヴィアの表情が
その言葉の意味を
「いや…」
彼女は振り返り、小屋に戻ろうとした。しかし、シルヴィアが強く彼女を
「駄目です!彼の
「違う!」イリスは
「何ですって?」
イリスはシルヴィアの手を
「お嬢様!」
彼女は誰の声も
(ヴァルト、お願い、自分を犠牲にしないで)
小屋に近づくと、
「異能者を
その時、小屋の扉が開いた。そこに立つのはヴァルトだった。
「私が異能者です」
彼の声は
「ヴァルト…」イリスは木の陰から思わず
「お前が?」黒装束の男が疑わしげに言った。「証拠は?」
ヴァルトは
「これで十分でしょう」ヴァルトは冷静に言った。
黒装束たちの間に
「ノクターン家の異能者はお前か…」
「そうです」ヴァルトはきっぱりと言った。「私が探していた者です。他に誰もいません」
「嘘だ!」イリスは思わず
「静かに」彼は
「でも…」
「彼は自分の意志でやっているんだ」
イリスの目に
「異能の受容…」彼女は
「何?」セドリックが小声で尋ねた。
イリスは
「なんてことだ…」セドリックの表情が
「私には言わなかった」イリスの声が
二人が
「ラヴェンデル男爵閣下がお前のことを知りたがっておられる」指揮官が言った。「大人しく我々に従え」
「異能者と認めるのですね」ヴァルトは冷静に言った。「では条件があります」
「条件だと?」男が
「ロシュフォール家の別荘にいた人々には何もしないこと」ヴァルトは
黒装束たちは
「あいつら、信じたの?」セドリックが小声で言った。
イリスはただ祈るような気持ちで見守っていた。ヴァルトの
「わかった」指揮官が最終的に言った。「お前だけを連れて行く。他の者たちには手出しはしない」
「約束ですよ」ヴァルトが念を押した。
「無駄口を叩くな」男がヴァルトの腕を
イリスは
「ヴァルト…」彼女は木の陰から
その時、ヴァルトがわずかに
「大丈夫です」彼の唇が
その瞬間、イリスの胸が
(あなたを失うことこそ、最大の痛みなのに)
黒装束たちはヴァルトを
「もう行ったよ」セドリックが静かに言った。
イリスの
「イリス、気をつけて」セドリックが彼女の手を取った。「ヴァルトのためにも、冷静に」
その言葉に、イリスは深く息を
悲しみ、怒り、そして何より…愛。
「ヴァルト…」彼女は
光は
「セドリック」イリスは涙を
「もちろんだ」彼はうなずいた。「友として、あなたとヴァルトを助ける」
二人は森の中へと戻った。シルヴィアとユナが
「何があったの?」ユナが
「ヴァルトが…自分を異能者だと
「なんですって!」シルヴィアが
「彼は私を守るために、自分を
「でも、どうやって?」ユナが尋ねた。「あの黒装束たち、怖いですよ」
「母の日記には、異能の
彼女は自分の手を見つめた。もう光はなく、普通の少女の手だった。しかし、その中に
「私の力の
彼女は顔を上げ、皆をまっすぐ見つめた。
「ヴァルトを救うという
「お嬢様…」シルヴィアの目に
「どうすればいいか、考えましょう」セドリックが言った。「まずは安全な場所に移動して、計画を立てるんだ」
イリスは頷いた。彼女の心に
(待っていて、ヴァルト)
彼女は心の中で
「行きましょう」イリスはきっぱりと言った。「ヴァルトを取り戻すために」
四人は