父エドガー・ノクターン侯爵との最後の対決を終え、セドリックとの別れを告げた数時間後。リュシアン王国の王都リュミエールの外れ、古い灯台守の家にイリスとヴァルトは身を寄せていた。初夏の空に広がる満天の星が、二人が選んだ新たな道を見守っているかのようだった。「私は人形ではない」と宣言し、十八年の檻を破ったイリスと、主従の鎖を解かれたヴァルトは、初めて対等な存在として向き合おうとしていた。今宵、彼らは社会的立場という最後の障壁をも取り払い、真の意味で一つになろうとしていた。
「私たちは...自由になったのね」
イリスの声は静かだったが、力強さがあった。白銀の髪は肩まで切られ、以前の長い髪とは違う軽やかさを湛えていた。淡いラベンダー色の瞳には、もはや人形のような虚ろさはなく、真っ直ぐな意志が宿っていた。彼女は古い木製のベッドに腰掛け、借りた質素な紺色のワンピースを着ていた。それは貴族の華やかな衣装とは程遠いものだったが、彼女自身の選択によるものだった。
「自由だ...」
ヴァルト・グレイハウンドは窓辺に立ち、星空を見上げていた。執事服は脱ぎ捨て、簡素な白いシャツと黒のズボンだけを身につけていた。深いグレーの髪は後ろで軽く結ばれ、琥珀色の瞳は月明かりを反射して輝いていた。彼の体からは常に獣の気配が漂っていたが、今夜はそれが以前よりも自然に、彼自身の一部として溶け込んでいるように感じられた。
「今までは...主と従者だった」イリスは静かに言葉を継いだ。「でも、これからは違う。私はただのイリスで、あなたはただのヴァルト」
彼女の言葉に、ヴァルトは窓から離れ、彼女の前に歩み寄った。彼の動きには、もはや執事としての慎み深さも、獣としての警戒心もなかった。ただ一人の男として、彼は彼女の前にひざまずいた。
「もう命令はないのか?」彼の口元に小さな笑みが浮かんだ。「お嬢様...いや、イリス」
イリスは微笑み、彼の頬に手を当てた。「命令ではなく、願い。この手で未来を選ぶと誓ったの。その未来に...あなたがいてほしい」
ヴァルトの手がイリスの手を包み込んだ。彼の手は大きく、粗く、そして温かかった。「俺は...お前のそばにいる。それが俺の選んだ道だ」
二人の間に流れる空気が変わった。それはもはや主従の遠慮でも、秘められた欲望でもなく、対等な二人の間に生まれた純粋な愛情だった。イリスはゆっくりと身を乗り出し、ヴァルトの唇に自分のものを重ねた。
キスは優しく始まり、徐々に深まっていった。イリスの手がヴァルトの肩から背中へと移動し、彼の体を引き寄せる。彼女の体は既に彼の熱を覚えていて、本能的に彼を求めていた。
「イリス...」彼は唇を離し、彼女の目を見つめた。「今度は命令ではなく、お前自身の意志で」
彼女は静かに頷いた。「私の意志で、あなたを選ぶ。全てを知った上で」
その言葉に、ヴァルトの瞳が獣の色に変わり始めた。しかし、それはもはや恐れるべきものではなく、彼の本質の一部としてイリスは受け入れていた。彼の手が彼女の肩に触れ、ワンピースのストラップをそっと下げる。
「今までは違った」ヴァルトは静かに続けた。「俺はお前を守るために存在し、お前は俺の主だった。だが今夜は...」
「対等な恋人として」イリスが言葉を継いだ。「あなたのものになるわ。そして、あなたも私のものになる」
二人の目が合い、言葉の必要がなくなった。ヴァルトはイリスを抱き上げ、古いベッドに横たえた。彼女のワンピースは花びらが散るように床に落ち、月明かりが彼女の肌を銀色に染める。以前とは違い、彼女の体には恥じらいがなかった。
「美しい」ヴァルトは息を呑んだ。「俺だけが知るイリスの姿」
彼女は微笑み、腕を広げた。「あなたも...全てを見せて」
彼は黙ってシャツを脱ぎ、筋肉質の上半身を露わにした。多くの傷跡が月光で浮かび上がり、それぞれが彼の過去と戦いの記憶を物語っていた。イリスの手が伸び、それらの傷を一つずつ辿る。
「これはもう...獣の傷跡ではなく、あなたという人の物語」彼女は静かに言った。
ヴァルトは彼女の言葉に打たれ、ゆっくりとベッドに膝をつき、イリスの上に覆いかぶさった。彼の唇が彼女の首筋から肩へと移動し、優しくキスを落としていく。イリスの体が小さく震え、彼の接触に敏感に反応した。彼女の手が彼の髪を解き、長い灰色の髪が彼女の肌を撫でる。
「ヴァルト...」彼女の声が囁きに変わった。「今夜は急がないで。全てを感じたい」
彼は彼女の願いを受け止め、時間をかけて彼女の体を愛し始めた。唇と舌が彼女の肌を這い、首から胸元、そして平らな腹部へと移動していく。イリスの手が彼の肩を掴み、その感覚に身を委ねた。
「あなたの本能を...解き放って」彼女は息を切らせながら言った。「もう恐れはしない」
ヴァルトの目が完全に獣の金色に変わり、鋭い犬歯が顕著になった。しかし、彼の動きは粗暴になるどころか、より繊細になった。獣の鋭い感覚で、彼女の体の反応を読み取り、最も心地よい場所を探り当てる。
彼の唇がさらに下へと移動し、イリスの最も敏感な場所に触れた時、彼女は小さな悲鳴を上げた。ヴァルトの舌が彼女の秘所を愛撫し始め、彼女の手が彼の髪に絡まる。彼女の体が弓なりになり、未知の快感に身を任せた。
「ヴァルト...これは」イリスの言葉は途切れがちだった。
彼は答える代わりに、さらに巧みに彼女を刺激し続けた。イリスの喘ぎ声が部屋に満ち、彼女の体が快感の波に揺れる。彼女の手が彼の肩を強く掴み、迫り来る高みに備えた。
「今...」彼女の体が硬直し、そして一気に波が溢れた。
イリスの体が震え、初めての絶頂に達した。彼女の喉から漏れる声は、もはや抑制されたものではなく、感情そのものの表現だった。
余韻に浸る彼女を見つめながら、ヴァルトは再び彼女の唇を求めた。イリスは自分自身の味を彼の唇から感じながら、深いキスを返した。彼女の手が彼のズボンに触れ、残りの衣服も取り除こうとする。
「今度は...私があなたを感じさせたい」彼女は囁いた。
ヴァルトは身を起こし、彼女に導かれるままに残りの衣服を脱ぎ去った。彼の体が完全に露わになり、月明かりが彼の筋肉を銀色に染める。イリスの視線が彼の体を辿り、そして彼の欲望の証に留まった。
「教えて...あなたが感じることを」彼女の手がそっとそこに触れた。
ヴァルトの体が小さく震え、喉から低い唸り声が漏れる。イリスの手が彼の硬さを確かめるように動き始め、彼の反応を見ながら探索を続ける。
「イリス...」彼の声は獣のように低く響いた。「お前は俺を狂わせる」
彼女は小さく微笑んだ。かつての箱入り令嬢の面影はなく、そこには一人の女性として自らの力を自覚していた。「それが...私の望みよ」
彼女の言葉に、ヴァルトはもう我慢できなくなった。彼は彼女を再びベッドに押し倒し、その上に覆いかぶさった。イリスの足が自然に開き、彼を迎え入れる準備をする。
「あなたを感じたい」彼女は彼の耳元で囁いた。「この檻を破った証として」
ヴァルトはゆっくりと彼女の中に入り始めた。イリスの体が彼を受け入れ、二人は再び一つになる。しかし、今回は違っていた。それは主従の関係でも、混乱や危機の中での結合でもない。対等な選択による、真の意味での結ばれ方だった。
「イリス...」ヴァルトの声は感情に満ちていた。「俺はお前のもの。永遠に」
「そして私はあなたのもの」イリスは彼の目を見つめ返した。「もう二度と離れない」
二人の動きが徐々に高まり、部屋に肌と肌が触れ合う音が響いた。イリスの腕がヴァルトの背中を抱き、彼の動きに合わせて腰を動かす。彼女の体は既に彼を知っており、最も心地よい角度で彼を迎え入れた。
ヴァルトの動きが深まり、彼の鼓動がイリスの体を通して伝わる。彼の唇が彼女の首筋に移動し、そこに軽いキスを落とす。イリスの手が彼の髪を撫で、その感触を楽しんだ。
「あなたの髪...獣なのに、こんなに柔らかいのね」彼女は囁いた。
彼は小さく笑い、彼女の耳に囁き返した。「お前の肌もまた、人形なのに温かい」
二人は互いの矛盾を受け入れ、それを愛していた。イリスは人形と呼ばれたが人間であり、ヴァルトは獣と呼ばれたが心を持っていた。互いの中に他者が見落とす美しさを見出し、それを大切にしていた。
ヴァルトの動きが激しくなり、イリスの体が快感の波に揺れる。彼女の喘ぎ声が大きくなり、彼の名を呼ぶ。彼もまた、彼女の名を獣の唸り声のように低く呼んだ。
「イリス...もう」
「一緒に...」彼女は彼をさらに強く抱きしめた。「私たちの誓いと共に」
その言葉と共に、二人は同時に絶頂へと達した。ヴァルトの体が震え、イリスの中で全てを解き放つ。イリスもまた、体を硬直させ、快感の波に身を委ねた。二人の呼吸が重なり、汗ばんだ体が互いに寄り添う。
しばらくの間、彼らはただ抱き合い、互いの鼓動を感じていた。やがてヴァルトが身を起こし、イリスの横に横たわった。彼の腕が彼女を引き寄せ、彼女の頭が彼の胸に寄り添う。
「これが...私たちの選んだ道」イリスは静かに言った。「貴族でも使用人でもなく、ただの二人の人間として」
ヴァルトは彼女の髪に顔を埋め、その香りを吸い込んだ。「明日からは新しい人生が始まる。王都を離れ、辺境へ」
「怖くない」イリスは確信をもって言った。「あなたがいれば、どこへでも行ける」
彼は彼女の決意に感銘を受け、そっと額にキスをした。「お前は強くなった。もう人形姫ではない」
イリスは微笑んだ。その笑顔は、母親が彼女に望んだ姿だったのかもしれない。「わたしはただのイリス。そして、あなたはわたしのヴァルト」
月明かりの中、白き檻から解放された姫と、主なき獣の執事は、新たな一歩を踏み出す準備ができていた。社会の枠組みを超え、偽りの仮面を脱ぎ捨て、真の自分たちとして生きていく決意と共に、二人は再び深いキスを交わした。