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第175話 この命が、誰かに届くまで!

目を開いたら――そこは地獄だった。




床は真っ赤に血で染まり、

その上には銀のトレーがいくつも置かれている。




「うっ……」




一つ一つに、丁寧に盛り付けられた肉。

部位の名前まで、きちんと添えられていて……

それが何の肉かなんて、考えるまでもなかった。






そして、壁。

血で描かれたハートマークの中に、可愛らしい文字。






『貸し1つね☆』






「うぷっ……!」




凄惨な光景にショックで鈍っていた嗅覚が、急に戻る。

鼻から脳に突き抜ける血の匂いに、

僕はその場で、耐え切れずに吐いた。




「はぁっ……はぁっ……」






それでも――わかったことがある。

確信したことがある。






僕の中には、“何か”がいる。






「ユ、ユキちゃん……!」




今はそれどころじゃない。

ユキちゃん、ユキちゃんは――居た!






「ユキちゃん! ユキちゃん!!」




血を流しながらうつ伏せに倒れている彼女を抱き上げ、

必死で耳を澄ませる。




心臓の音。

微かだけど、まだ、聞こえる!




「待ってて……! 必ず、助けるからっ!」




近くに落ちていた、血まみれのボロ布の奴隷服を手に取る。

それでユキちゃんを包み、

僕はそのまま、森へ――飛び出した。






__森の中。

__洞窟の中。






「誰か!! 誰か助けてぇっ!!」






必死に出血を押さえながら、叫ぶ。

叫ぶ。叫ぶ。叫び続ける。




誰か! 誰か! 冒険者でも! ギルドの人でも!

もう、この際、人さらいでもいい! 誰か!!






「はぁっ……はぁっ……!」




心臓が痛い。

肺が、足が、筋肉が、すべてがもう限界だと訴えている。




それでも僕は、止まらない。






(どうして……どうして僕は、アニメや漫画みたいに速く走れないの!?

どうしてこんなときに……!!)






「くそっ……くそっ! くそくそくそっ!!」




がむしゃらに走る。

ただ、がむしゃらに――!




町まで、まだまだ遠い。

それでも、ユキちゃんを助けるために!






「男が弱音を吐くのは、すべて終わった時だけだ!!

僕は……まだ、終わってない!!!」






叫び叫び叫ぶ。






洞窟に何が潜んでいるかなんて分かってる。

叫んだら、魔物を呼び寄せるかもしれない。




それでも――叫ばなきゃ、誰にも気づかれない!






洞窟に反響する、自分の高い声。




その声に引き寄せられるように――現れたのは。






「ガルルルル……」




「ひっ……黒い……狼……」






迷路みたいな洞窟道を抜け、開けた場所に出ると、

そこには真っ黒な毛並みの、巨大な狼がいた。




「ガルルルルル……」






僕は、ゆっくりと狼を見ながら、

ジリジリと後退する。




ユキちゃんを守りながら、刺激しないように。




____だけど。




「ガゥッ!」






吠えた直後、猛スピードで飛びかかってきた!






「ひっ! ユキちゃん!!」






僕は必死で彼女を抱きしめて、目をぎゅっと閉じる。

最後の、最後の、願いを込めて。






「誰か……助けてぇぇぇぇっ!!」










――ガキィィィンッ!!!








「ガゥッ!?」






「……やっと、見つけました」






「……え?」








目を開けると、

そこには銀色の長髪をなびかせた騎士がいた。




左手の盾で、狼の爪を受け止め――

こちらにまっすぐな視線を向けている。






「あなたは……っ!?」






「私は、グリード王国の代表騎士、キールと申します。

女王様の命を受け、あなたを探していました」

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