目を開いたら――そこは地獄だった。
床は真っ赤に血で染まり、
その上には銀のトレーがいくつも置かれている。
「うっ……」
一つ一つに、丁寧に盛り付けられた肉。
部位の名前まで、きちんと添えられていて……
それが何の肉かなんて、考えるまでもなかった。
そして、壁。
血で描かれたハートマークの中に、可愛らしい文字。
『貸し1つね☆』
「うぷっ……!」
凄惨な光景にショックで鈍っていた嗅覚が、急に戻る。
鼻から脳に突き抜ける血の匂いに、
僕はその場で、耐え切れずに吐いた。
「はぁっ……はぁっ……」
それでも――わかったことがある。
確信したことがある。
僕の中には、“何か”がいる。
「ユ、ユキちゃん……!」
今はそれどころじゃない。
ユキちゃん、ユキちゃんは――居た!
「ユキちゃん! ユキちゃん!!」
血を流しながらうつ伏せに倒れている彼女を抱き上げ、
必死で耳を澄ませる。
心臓の音。
微かだけど、まだ、聞こえる!
「待ってて……! 必ず、助けるからっ!」
近くに落ちていた、血まみれのボロ布の奴隷服を手に取る。
それでユキちゃんを包み、
僕はそのまま、森へ――飛び出した。
__森の中。
__洞窟の中。
「誰か!! 誰か助けてぇっ!!」
必死に出血を押さえながら、叫ぶ。
叫ぶ。叫ぶ。叫び続ける。
誰か! 誰か! 冒険者でも! ギルドの人でも!
もう、この際、人さらいでもいい! 誰か!!
「はぁっ……はぁっ……!」
心臓が痛い。
肺が、足が、筋肉が、すべてがもう限界だと訴えている。
それでも僕は、止まらない。
(どうして……どうして僕は、アニメや漫画みたいに速く走れないの!?
どうしてこんなときに……!!)
「くそっ……くそっ! くそくそくそっ!!」
がむしゃらに走る。
ただ、がむしゃらに――!
町まで、まだまだ遠い。
それでも、ユキちゃんを助けるために!
「男が弱音を吐くのは、すべて終わった時だけだ!!
僕は……まだ、終わってない!!!」
叫び叫び叫ぶ。
洞窟に何が潜んでいるかなんて分かってる。
叫んだら、魔物を呼び寄せるかもしれない。
それでも――叫ばなきゃ、誰にも気づかれない!
洞窟に反響する、自分の高い声。
その声に引き寄せられるように――現れたのは。
「ガルルルル……」
「ひっ……黒い……狼……」
迷路みたいな洞窟道を抜け、開けた場所に出ると、
そこには真っ黒な毛並みの、巨大な狼がいた。
「ガルルルルル……」
僕は、ゆっくりと狼を見ながら、
ジリジリと後退する。
ユキちゃんを守りながら、刺激しないように。
____だけど。
「ガゥッ!」
吠えた直後、猛スピードで飛びかかってきた!
「ひっ! ユキちゃん!!」
僕は必死で彼女を抱きしめて、目をぎゅっと閉じる。
最後の、最後の、願いを込めて。
「誰か……助けてぇぇぇぇっ!!」
――ガキィィィンッ!!!
「ガゥッ!?」
「……やっと、見つけました」
「……え?」
目を開けると、
そこには銀色の長髪をなびかせた騎士がいた。
左手の盾で、狼の爪を受け止め――
こちらにまっすぐな視線を向けている。
「あなたは……っ!?」
「私は、グリード王国の代表騎士、キールと申します。
女王様の命を受け、あなたを探していました」