目の前の騎士は、
カッコよく自己紹介を決めると、すぐに前方へ向き直った。
「ガルルル……」
黒い狼が、喉を低く鳴らしている。
突如現れた騎士を、睨みつけるように――。
騎士は警戒を解かず、こちらを見ないまま口を開いた。
「アナタを探していました。
……グリード王国まで、連れ戻します」
(僕を……?)
グリード王国。
つまり――これは、サクラ女王の助け。
救いの手だ。
でも、胸に広がった感情は――嬉しさでも、安心でもなかった。
焦りだった。
「あ、あの!」
必死で声を張る。
「この子を……この子を救ってください!!」
僕の腕の中で、弱く息をするユキちゃんを、ギュッと抱き締めながら。
騎士――キールは、一瞬だけ、こちらを振り向いた。
「っ……! その子は――」
「ガゥッ!」
一瞬の隙。
黒い狼はそれを見逃さなかった!
鋭い牙で、下からキールに飛びかかる!
「くっ!」
咄嗟に盾を構えるキール。
だけど、狼は盾に噛みつき、まるで引きちぎるように力を込めていた。
……一見、タオルを引っ張り合う犬と飼い主みたいだけど――
きっと僕なら、腕ごと持ってかれてた。
「状況は!」
「出血が止まらなくて……たぶん、骨も何本か折れてて……息も、弱いです!」
「くっ……このっ!」
キールは狼ごと盾を振り回し、
そのまま一回転して壁に叩きつけた!
「これを!」
差し出されたのは、魔皮紙。
「これは緊急用の【治癒】魔皮紙!
止血と輸血はできるけど、潰れた内臓までは治せません!」
「っ……!」
「そしてこれが、洞窟の入り口まで転移できる魔皮紙です!
私が入ってきた道へ――そこからまっすぐ進めば、町に出られます!」
「あ、ありがとうっ!」
「ガゥルッ!!」
黒い狼が再び動き出す。
「アオイさん……絶対……絶対その子を死なせないでください!!」
その言葉には、
どこか、必死に押し隠してきた強い想いが滲んでいた。
(この人……)
「私の――」
言いかけた瞬間。
「ガチンッ!!」
鋭い牙を、キールが剣で弾き飛ばした!
盾じゃない。素手の剣だ。
なんで、こんなに……必死なんだ……?
「早くっ!!」
「はいっ!!」
僕は震える手で、魔皮紙に魔力を流し込む。
身体が、光に包まれる。
視界が、真っ白に――。
____消える直前、
ちらりと振り返ったキールの瞳。
それは、誰よりも優しく、
誰よりも……哀しかった。