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第177話 助ける者などいない。

 気がつくと、僕はユキちゃんを抱きかかえたまま――

ひんやりとした洞窟の外に立っていた。




 「そ、そうだ、治癒の魔皮紙を……!」




 ガタガタと震える手で魔皮紙を取り出し、

ユキちゃんの怪我にそっと当てる。どう使うかは分からないけど……とにかく、魔力を流すしかない。




 「どうか合ってますように……!」




 一番怖いのは――これ、自分に使っちゃうパターン。

ゲームでよくあるやつ。うっかり自分に回復魔法を使って「意味ないじゃん」ってなる、アレ。




 でも、そんなことにはならなかった。




 ふわりと緑の光が魔皮紙からにじみ出て、

まるで春風のようにユキちゃんを包み込んでいく。




 血が止まり、土気色だった顔に、ほんの少しだけ赤みが戻った。

でも、息はまだ浅くて、眉もわずかに歪んだまま……。




 「話によると止血と輸血だっけ……つまり応急処置って事だよね」




 夕暮れの空は、茜と群青のグラデーション。

木々の間から射す光が細くなり、虫の鳴き声がぽつぽつと響きはじめていた。




 「ごめんね……痛いよね……ごめんね……」




 まだ何も終わっていないのに、勝手に涙が溢れてくる。

すごく、痛かっただろう。怖かっただろう。




 俺もじいさんもいない朝、ひとりで目を覚まして――

寂しかったろうに、きっと頑張って朝ごはんを作ってくれて、待っていたんだろう……




 「おかぁさん達を喜ばせるんだ」って……




 「ごめん……ごめん……」




 俺がここに来なければ、この子はこんな目に遭わなかった。

俺がいなければ、借金も、痛みも、全部……




 俺は本当に疫病神だ……




 「これじゃ……女神なんて言われても仕方ないよね」




 慌てて荷物の中から取り出したのは、ボロボロの布切れ。

……これは、僕が最初の奴隷試練で着させられていた服だった。




 緊急時には寒さをギリギリしのげる――そんな話を思い出し、

それをそっとユキちゃんにかぶせる。






 そして、僕は立ち上がり、涙をぬぐって――歩き出した。






____そして、数時間後。




 町が見えた。

けれど、心の中に浮かぶのは安堵ではなく、不安ばかりだった。






 「誰か……誰か助けて!」




 声を張り上げながら、薄暗くなった通りを駆ける。

建築ウッドの店々から、ほのかに灯りが漏れている。




 「すいません! 助けてください!」




 近くを通った獣人の袖を掴む。

けれど――




 「汚らわしい人間の奴隷が触るな!」




 強く手を払われ、そのまま獣人は足早に去っていった。




 「そ、そんな……」




 誰も、止まってくれない。

誰も、見てくれない。




 事情も、理由も、誰も知らない。

でも、それでも。




 「一目見れば厄介事だと解る……」




 元の世界でも、ホームレスの人に声をかける人なんていない。

視線をそらし、歩幅を早め、ただ「関わらないように」通り過ぎるだけ。




 みんな、「他にも人がいる」「私は関係ない」って思ってる。

そういう目を、僕に向けてくる。




 やがて、僕の周りからは完全に人の気配が消えた。

近づく者さえいない。遠くで、僕を見つけた誰かが、また道を変える。




 「は……はは……マッチ売りの少女ってこんな気持ちだったのかな……」




 助けを求めて、町に着いたのに。

返ってきたのは、誰の手も、声もなかった。






 「……」




 力が抜けて、その場に崩れ落ちる。

僕は、ユキちゃんをそっと抱きしめるようにして、座り込んだ。




 「ごめんね……ユキちゃんに泣くなって言ったのにこんなに……

 おかぁさん泣いちゃってる……」




 歯を食いしばっても、涙は止まらない。

気がつけば、声を上げて――

大人げなく、子どもみたいに、泣いていた。






 ……でも。そんな僕の声に、気づいた人がいた。






 その足音が、少しずつ、近づいてくる。

そして、優しい声が耳に届いた。






 「……アオイ?」






 その声を聞いた瞬間――

僕の頭の中で、何かがふっとほどける。




 目の前にいたのは、この世界で一番、よく知ってる人。






 「ヒロ……ユキ……」






 その名前を呼んだ途端、安心が脳を支配した。




 僕の意識は、真っ白に染まっていく――

そしてそのまま、ユキちゃんを胸に抱いたまま、僕は静かに倒れ込んだ。


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