「ん……」
ふかふかした感触に包まれながら、僕はゆっくりと目を覚ました。
「ここ……は?」
見知らぬ天井。
身体を起こして辺りを見回していると、ちょうど部屋のドアが開く。
「あら、起きたの~?」
「え!?」
入ってきた人物を見た瞬間、僕は驚いて声をあげた。
金色に輝く狐耳。モフモフの尻尾は見えないが、その顔――忘れるはずがない。
「ドーロ先生!?」
そう。ミクラル王国で奴隷をしていた時、一緒に仕事をした、あのドーロ先生にそっくりだったのだ。
「ん~?」
微妙な間。
な、なんでここに!?……いや、落ち着け。現実的に考えるんだ。
「あ、えっと、人違いかもです」
焦りながらそう取り繕う。
――もしかして、獣人って、下級戦闘民族みたいに似た顔がたくさんいるとか……?
「ふふ、ドーロは私の姉よ~。なんで知ってるのかしら~?」
なんてことはなかった。ただの姉妹だった。
「あぁ、なるほど、いや、実はミクラル王国にいた時に――」
そう説明しかけて、ハッとする。
「――ユキちゃんは!!?」
僕の顔色がみるみる変わっていくのを見て、彼女は「安心して~」と微笑むと、部屋の隅を指差した。
そこには、簡易的な酸素カプセルみたいな装置が置かれていて――
「ユキちゃん……!」
駆け寄って覗き込むと、スヤスヤと眠るユキちゃんの姿が見えた。顔色も、ずいぶんよくなってる。
「魔法治療は終わってるわよ~。朝までこの中にいれば、元通りになるわ~」
その言葉に、僕は思わず、でっかい胸――じゃなくて、胸を撫で下ろした。
「よ、よかった……ありがとうございます」
「いえいえ~。何があったかは聞かないけどね~」
ふわふわ笑う彼女は、少しだけ顔を曇らせた。
「……足や腕は複雑骨折、内臓もボロボロ。それに……まだ成長してないのに、無理やり……。ヒロユキさんが見つけなかったら、どうなってたことか~」
ズキッと胸が痛む。
……あの時、誰も助けてくれなかった。
それでも、手を差し伸べてくれたのは、俺の――弟だった。
「……ヒロユキくんは、どこに……?」
「建築ウッドの外にいるわよ〜それと、あとでお姉ちゃん(ドーロ)の話も聞かせてね~?」
「はい……」
立ち上がり、深く一礼する。
「本当に……ありがとうございました」
「どういたしまして~」
ふりふりと手を振る彼女に微笑んで、僕は部屋を出た。
___
玄関を開けると、夜の冷たい風が肌をなでる。
そして、そこには。
――背中を向け、黙々と刀を研ぐ、弟の姿があった。
あの小さな弟が……たくましくなったな、ヒロ……。
胸がいっぱいになりながらも、僕は震える声で呼びかけた。
「ヒロユキくん」
「……起きたか」
「うん……」
「……そうか」
「……」
「……」
そっけない返事。
でも、これがヒロユキの“他人モード”だって、僕は知ってる。
見た目も変わっちゃったし、無理ないよね。
でも――思った。
……もう、打ち明けてもいいんじゃないか?
事情を話せばきっと分かってくれる。
家族しか知らないことだって、証明になる。
だからまずは、お礼を言おう。
それから、打ち明けるんだ。
「その……ありがとう、ございました」
「……構わない。兄さんなら、そうしたから、俺もしただけだ」
「…………へ?」
思わず間抜けな声が出た。
「……あの状況なら、兄さんは絶対助けた。兄さん、よく言ってたからな。“見える所で助けを求められたら、助けないと目覚めが悪い”って」
「へ、へぇ……」
え、そんなこと、僕……言ってた?
……思い出した。
元の世界で、酒を飲みながらゲームしてたとき――
助けイベントを見つけるたびに、叫んでたっけ。
「あぁもう!くそが!全部助けてやるよ!見捨てたら寝覚め悪いからな!」
……うわぁ、めちゃくちゃ脳内変換されてる。
「は、本当にそんなこと言ってたの?」
「……」
ムスッ。
やば、ちょっと怒ってる……!?
いや、これは兄さんを自慢したいだけだ。そうだ。
だから……!
「か、かっこいいね、ヒロユキくんのお兄さん」
あああああああ!!!自分で自分を褒めるの、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど!!!
「……フッ、兄さんはかっこいい」
うわ、すっごいドヤ顔してる……!
「うぐ……」
「……兄さんは、世界一かっこいい」
「しょ、しょっか……」
熱い。顔が熱い。
もう、やめて……ライフ0なんだけど……!
「……兄さんは、立派だ。俺の、目指すべき人」
うわああああ!!やめてええええ!!!
「ぬ、ぬわにゃぁ……」
声にならない悲鳴が漏れる。
拷問。これ、絶対拷問。
「……でも、兄さんはもういない」
「う、うん……」
(いるよ、お前の前に!)
そう叫びたかったけど、できなかった。
___
「……俺の目的は、そんな兄さんがいる、元の世界に帰ること――だった」
「だった?」
「……俺が、弱かったせいで、苦しんだ人がいる」
「えっ……ヒロユキくんの、せい?」
「……ああ」
ヒロユキは、刀を置き、夜空を見上げた。
「……この世界に、本気で向き合ってなかった。
どうせ帰るんだから、誰と出会っても、どうせ別れるって思ってた」
「……」
「……だから、強くなれなかった」
「そんな……」
「……でも、もう違う。
この世界で、強くなる」
「この世界で……」
「そうだ。兄さんみたいに、助けられる人間になる」
夜空を見上げた。
どこか、懐かしい星空。
まるで、元の世界と変わらない。
「僕も……強くなれるかな」
「……ッフ」
「な、なんか臭いセリフだった?」
「……いや。その言い方、兄さんみたいで、嫌いじゃない」
「そ、そりゃよかった♪」
僕たちは少しだけ話して。
そして。
その夜、僕は、ぐっすり眠った――。
正体を明かすのは……
まだまだ、先かもなぁ。