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第178話 弟の存在。兄の存在。



 「ん……」


 ふかふかした感触に包まれながら、僕はゆっくりと目を覚ました。


 「ここ……は?」


 見知らぬ天井。

 身体を起こして辺りを見回していると、ちょうど部屋のドアが開く。


 「あら、起きたの~?」


 「え!?」


 入ってきた人物を見た瞬間、僕は驚いて声をあげた。


 金色に輝く狐耳。モフモフの尻尾は見えないが、その顔――忘れるはずがない。


 「ドーロ先生!?」


 そう。ミクラル王国で奴隷をしていた時、一緒に仕事をした、あのドーロ先生にそっくりだったのだ。


 「ん~?」


 微妙な間。

 な、なんでここに!?……いや、落ち着け。現実的に考えるんだ。


 「あ、えっと、人違いかもです」


 焦りながらそう取り繕う。


 ――もしかして、獣人って、下級戦闘民族みたいに似た顔がたくさんいるとか……?


 「ふふ、ドーロは私の姉よ~。なんで知ってるのかしら~?」


 なんてことはなかった。ただの姉妹だった。


 「あぁ、なるほど、いや、実はミクラル王国にいた時に――」


 そう説明しかけて、ハッとする。


 「――ユキちゃんは!!?」


 僕の顔色がみるみる変わっていくのを見て、彼女は「安心して~」と微笑むと、部屋の隅を指差した。


 そこには、簡易的な酸素カプセルみたいな装置が置かれていて――


 「ユキちゃん……!」


 駆け寄って覗き込むと、スヤスヤと眠るユキちゃんの姿が見えた。顔色も、ずいぶんよくなってる。


 「魔法治療は終わってるわよ~。朝までこの中にいれば、元通りになるわ~」


 その言葉に、僕は思わず、でっかい胸――じゃなくて、胸を撫で下ろした。


 「よ、よかった……ありがとうございます」


 「いえいえ~。何があったかは聞かないけどね~」


 ふわふわ笑う彼女は、少しだけ顔を曇らせた。


 「……足や腕は複雑骨折、内臓もボロボロ。それに……まだ成長してないのに、無理やり……。ヒロユキさんが見つけなかったら、どうなってたことか~」


 ズキッと胸が痛む。


 ……あの時、誰も助けてくれなかった。

 それでも、手を差し伸べてくれたのは、俺の――弟だった。


 「……ヒロユキくんは、どこに……?」


 「建築ウッドの外にいるわよ〜それと、あとでお姉ちゃん(ドーロ)の話も聞かせてね~?」


 「はい……」


 立ち上がり、深く一礼する。


 「本当に……ありがとうございました」


 「どういたしまして~」


 ふりふりと手を振る彼女に微笑んで、僕は部屋を出た。


___


 玄関を開けると、夜の冷たい風が肌をなでる。


 そして、そこには。


 ――背中を向け、黙々と刀を研ぐ、弟の姿があった。


 あの小さな弟が……たくましくなったな、ヒロ……。


 胸がいっぱいになりながらも、僕は震える声で呼びかけた。


 「ヒロユキくん」


 「……起きたか」


 「うん……」


 「……そうか」


 「……」


 「……」


 そっけない返事。

 でも、これがヒロユキの“他人モード”だって、僕は知ってる。

 見た目も変わっちゃったし、無理ないよね。


 でも――思った。


 ……もう、打ち明けてもいいんじゃないか?


 事情を話せばきっと分かってくれる。

 家族しか知らないことだって、証明になる。


 だからまずは、お礼を言おう。

 それから、打ち明けるんだ。


 「その……ありがとう、ございました」


 「……構わない。兄さんなら、そうしたから、俺もしただけだ」


 「…………へ?」


 思わず間抜けな声が出た。


 「……あの状況なら、兄さんは絶対助けた。兄さん、よく言ってたからな。“見える所で助けを求められたら、助けないと目覚めが悪い”って」


 「へ、へぇ……」


 え、そんなこと、僕……言ってた?


 ……思い出した。


 元の世界で、酒を飲みながらゲームしてたとき――

 助けイベントを見つけるたびに、叫んでたっけ。


 「あぁもう!くそが!全部助けてやるよ!見捨てたら寝覚め悪いからな!」


 ……うわぁ、めちゃくちゃ脳内変換されてる。


 「は、本当にそんなこと言ってたの?」


 「……」


 ムスッ。


 やば、ちょっと怒ってる……!?


 いや、これは兄さんを自慢したいだけだ。そうだ。

 だから……!


 「か、かっこいいね、ヒロユキくんのお兄さん」


 あああああああ!!!自分で自分を褒めるの、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど!!!


 「……フッ、兄さんはかっこいい」


 うわ、すっごいドヤ顔してる……!


 「うぐ……」


 「……兄さんは、世界一かっこいい」


 「しょ、しょっか……」


 熱い。顔が熱い。

 もう、やめて……ライフ0なんだけど……!


 「……兄さんは、立派だ。俺の、目指すべき人」


 うわああああ!!やめてええええ!!!


 「ぬ、ぬわにゃぁ……」


 声にならない悲鳴が漏れる。

 拷問。これ、絶対拷問。


 「……でも、兄さんはもういない」


 「う、うん……」


 (いるよ、お前の前に!)

 そう叫びたかったけど、できなかった。


___


 「……俺の目的は、そんな兄さんがいる、元の世界に帰ること――だった」


 「だった?」


 「……俺が、弱かったせいで、苦しんだ人がいる」


 「えっ……ヒロユキくんの、せい?」


 「……ああ」


 ヒロユキは、刀を置き、夜空を見上げた。


 「……この世界に、本気で向き合ってなかった。

 どうせ帰るんだから、誰と出会っても、どうせ別れるって思ってた」


 「……」


 「……だから、強くなれなかった」


 「そんな……」


 「……でも、もう違う。

 この世界で、強くなる」


 「この世界で……」


 「そうだ。兄さんみたいに、助けられる人間になる」


 夜空を見上げた。


 どこか、懐かしい星空。

 まるで、元の世界と変わらない。


 「僕も……強くなれるかな」


 「……ッフ」


 「な、なんか臭いセリフだった?」


 「……いや。その言い方、兄さんみたいで、嫌いじゃない」


 「そ、そりゃよかった♪」


 僕たちは少しだけ話して。


 そして。


 その夜、僕は、ぐっすり眠った――。



 正体を明かすのは……

 まだまだ、先かもなぁ。


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