「それじゃぁ私たちは行くわね〜」
「うん、本当にありがとうございました!」
「ありがとうございました!です!」
俺は深々と二人に頭を下げると、隣にいたユキちゃんもぺこりと真似して頭を下げた。その小さな背中が愛しくて、苦しくなる。
「いいって事よ〜気にしないで〜」
「……本当に一緒に来なくて良いのか?」
「うん、大丈夫!」
俺は答えるけど、それは“強がり”なんかじゃない。“覚悟”だ。
……今の俺じゃ、ユキちゃんを守れない。
あのシルクハットの大マスターが迎えに来ていないってことは、おそらく今の俺は“自由”だ。でも、この先いつ、また何が起こるか分からない。この子を巻き込むわけにはいかない。
だから、俺はたまこさんに頼んだ。
信頼できる場所にユキちゃんを預けてほしい、と。
「おかぁさんとユキは大丈夫です!」
「…………」
でも、それを理解してくれるほどユキちゃんは大人じゃない。
「……ユキちゃん」
「ん? なぁに? おかぁさん?」
「ごめんね、ユキちゃん」
「……?」
「……ユキちゃんはお母さんとここでお別れだよ」
その瞬間、ユキちゃんの表情がぐしゃっと崩れた。
「な、なんで?」
目には涙が滲み、今にもこぼれ落ちそうな瞳で、俺を見つめる。
「お母さんは弱いから……ユキちゃんを守れないし危険なんだ」
「そんなことないもん! 今だっておかぁさんが居てくれたから!」
その言葉が胸に突き刺さる。
……でも違う。
「ユキちゃん……」
「……いや……嫌だよ……おかぁさん……やっと会えたのに……」
ユキちゃんは俺にぎゅっと抱きついてきて、こらえていた涙を流した。
ごめんね……お母さん、ほんとは“本当の”お母さんじゃないんだ。
「ユキが弱いから足手まといなの?」
「フフッ、そんな言葉をどこで覚えたのかな?」
俺はしゃがんで、ユキちゃんの目とちゃんと向き合った。
「よく聞いて? お別れって言っても、ほんの少しだけだよ? お母さんが強くなったら、すぐに迎えに行くからね」
「……ほんとに?」
「うん♪」
「ほんとにほんとにすぐに?」
「うん、だからそれまで待っててね? ユキちゃんは強い子だから、待てるでしょ?」
「……はい……」
「偉い偉い」
「……えへへ」
「おかぁさん」
「ん? なにかな?」
「ユキも……ユキも強くなる! 強くなっておかぁさんを守る!」
「フフッ、じゃあその時はお言葉に甘えるね?」
「うん!」
俺はユキちゃんの頭を優しく撫でて、立ち上がる。
「では、ユキちゃんをお願い」
「わかったわ~」
「……任せろ」
「うん……」
みんなに背を向けて歩き出す。
本当はこの手を離したくない。離した瞬間に、自分がどれだけ弱いかを突きつけられる気がする。
でも――これが、今できる“最善”なんだ。
ユキちゃんには、この世界で幸せに生きてほしい。
「……おかぁさん!」
……その声が、背中を貫いた。
振り返ったら、泣いちゃうから。
だから――振り返らない。
「行ってらっしゃい!」
「!……フフッ」
俺は少しだけ笑って、振り向かずに片手でグッドサインを掲げた。