《ミクラルギルド・数時間前》
ヒロユキが席を外していた間、
ユキはたまこを人目のない場所に呼び出していた。
「どうしたの~? こんな所に呼び出して~」
口調はいつもどおり緩やか。
けれどその目は、しっかりと“敵を見る目”になっていた。
「すいません、たまこさん。お忙しい中……まずは、お礼を言わせてください。助けてくれて、ありがとうございました」
「いいのよ~。……それだけの話なら、こんな場所に呼び出さないわよね~?」
「えぇ、その通りですよ……【六英雄】のヒーラー担当のたまこさん。」
「…………どうして知ってるのかしら。医者たちは、上手く記憶を消したはずなんだけど~?」
「もしかして助けた人の誰かが、たまたま覚えてた……とか?」
「そんな嘘が通じる相手だと思ってるの~?」
ピッ、とたまこが指先を弾く。
空中に魔方陣が展開される。それは攻撃の魔法ではない。
記憶操作――医師たちにも使用した“情報隠蔽”用の術式。
「……使わないんですか?」
「…………」
「私の身体、見ましたよね。訊きたいこと、あるはずです」
「……そうね~……確かに。あなたの身体、複雑な魔方が何層にも絡み合って繋がってた。
一度、自分自身が魔力に分解されて、もう一度再構築されたような……転送魔法の事故にでも遭ったのかしら?
とにかく、“今の魔法理論”じゃ再現不可能な状態だったわ~。
生きてるのが、そもそも“奇跡”。それを、私が治しきった……それだけでも異常なのよ~」
「さすがですね。でも、それだけじゃありませんよね?」
たまこの視線が鋭くなる。
「……身体を治している時に、私の魔方の痕跡がいくつかあったの。しかもそれは“ごく最近の”ものだった……。つまり、あなたは――」
「――そこまでです。
いつ、どこで誰が聞いているかわかりませんから」
「…………」
「今は、全部を話すわけにはいきません。
でも、これから先――私たちに付いてきてくれたら、きっと何か“思い出す”はずです」
「……ふふ。勧誘かしら~?
情報を渡す代わりに、私の力が欲しい~って?
でも残念ね~。私の力はね、パーティー一つには“余りある”のよ?
そこら辺のヒーラー拾ってきた方が、まだバランスは取れるかも~?」
「……あなたの“想い人”が、このままでは死ぬとしたら?」
「……っ!?」
その一言で、たまこの表情が凍る。
――誰にも話したことのない、“大切な誰か”。
「……その人、今どこにいるの……?」
「さぁ、どうでしょうかね」
「…………」
ふたりの間に、長い沈黙が落ちる。
どちらも簡単に“信じる”ようなタイプじゃない。
それでも、どこかで――似た空気を感じ取っていた。
やがて、たまこがゆっくりと口を開いた。
「……いいわ~。乗ってあげる」
魔方陣が消え、代わりに、たまこが手を差し出す。
「交渉成立ですね」
ユキもその手を握り返し、ふぅと息を吐いて汗をぬぐった。
――それほど、ユキにとってもこの話は“賭け”だったのだ。
「では、ヒロユキさんを呼んで、どこか美味しいお店で話しましょう。
今は若者の間で【ピコナッツミルク】が人気らしいですし!」
ふたりの握手の余韻を残しながら――
ユキはたまこを、正式に“パーティーメンバー”として迎え入れた。
そして何も知らないヒロユキだった。