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第215話 キール・オリバル・クロエ!


 「雨が降ってきたな」


 リュウトはそう呟き、雨用の魔皮紙を取り出して魔力を流し込む。


 この魔皮紙は、身体の任意の箇所に貼ることで展開される防御式具だ。

 柔軟な結界が展開され、雨粒だけを遮断する。実質的には“魔法の雨合羽”のようなものと言える。


 ただし欠点もある。展開中に飲食を試みると、結界がそれを“外部からの侵入物”と誤認し、口に入れた途端に弾き出してしまう。

 非常に優秀な結界だが、食事のタイミングには注意が必要だ。



 「山亀のせいかもっ」


 「ん?なんか関係あるのか?みや」


 「山亀は乾燥を嫌うからっ、常に周りに雨を降らせてるっ、もしもこれが山亀のせいならかなり魔力を補給できてるっ」


 みやの答えに、キールは一瞬だけ目を細めた。

 なぜこの少女はそんなことを知っているのか。


 「ふむ……みやさんは山亀に詳しいな?グリードにはそんな情報が無かった気がするが……」


 だが、その疑念をさりげなく打ち消すように、アンナが笑顔で口を挟んだ。


 「私の国、ミクラルではあったわよ、神話なんてその国によって違うもんでしょ?キール様」


 「確かに、最近ではミクラルに神話級の謎の魔物が出現していたと聞いた、私も勉強をし直す必要がありそうだな」


 キールが静かに思案を巡らせるその後ろで、ひときわ明るい声が上がる。


 「私も、リュウトさんに拾われてから……なんだか絵本の中に入ったみたいです。まさに“大冒険”って感じで!」


 無垢な瞳で空を仰ぐアカネの言葉に、場の空気が少しだけ和らいだ。



 彼らの足には、高速移動用の装備が装着されていた。現在の移動速度はおよそ時速80キロ。通常の人間では到底耐えられない速度だが、この装備にはいくつかの工夫がある。


 まず、足元で踏み込むと同時に展開される魔方陣が地面との衝突を吸収し、足腰への負担を大幅に軽減する。

 その上で、足裏から瞬時に風属性の魔力を噴出し、跳ねるように前方へ押し出す構造になっている。


 さらに、跳躍後は背面からも同様の魔方陣が展開され、滞空中も安定して加速し続けられる仕組みだ。


 簡単にいえば――“ジャンプして飛び出した勢いを、そのまま魔力で滑空・推進し続けている”状態。

 ただし、高速移動中の姿勢制御や着地には訓練が必要で、体力と集中力の両方が要求される。



 「大冒険か……昔はどんな小さなことでもパーティーメンバーと必死にやっていたな」


 「そういや、その話聞いてなかったな、キールさ__キールはどんなパーティーだった?」


 まだ少しキールと呼ぶのにぎこちないのを聞きながらキールはフッと少し笑って昔話をするのだった。



____________


 《龍牙道場》


 「ぶぇっくしゅん!おーらいー殺すぞ!」


 豪快なくしゃみをしたクロエの横で間一髪自分の【えにぎり】を守るオリバル。


 「誰か噂してるんじゃないの……」


 「あー、どうせキーさん辺りだろ」


 「だろうね……」


 「しかし聞いたかよオリバ、アオイの奴、ここ2日帰ってないらしいぜ?そろそろ救出にいってやるか」


 「確かアオイが受けてるのは魔力枯渇する奴だっけ……」


 「『黒髑髏薔薇』が大量にあるところだろ?あいつ魔力の才能もないから入った瞬間気絶したんじゃね?」


 「それだったら起きた瞬間また吸われるな……」


 「ま、起きないわなゲヘヘヘヘ」


 「女っぽくない笑い方してる……」


 「あ?殺すぞ?」


 「はぁ……あそこは近づくだけで魔力が吸いとられるからみんな行きたがらないし俺達が行くか……」


 「あいつはうちの道場で人気だしな、恩を売ってもいいだろ」


 「素直じゃないなぁ……」


 「殺すぞ」


 2人で師匠のところへ行くといつものように変わらない表情だが、クロエ達には違って見えていた。


 「師匠、顔色がすぐれないみたいですが」


 「ふむ、クロエとオリバルか」


 「どうかしましたか?」


 「ワシのミスだ……」


 「「?」」


 「少し前からアオイが帰ってきていないのは知っておるな?」


 「アイツはうちの道場でも人気だからな、そりゃ誰でも知ってんよ、だけどあの洞窟はウチで一番人気のない修行場所だ……下手すりゃあ助けに行った奴がやられるから俺たちが助けに行ってやろうって話よ」


 それを聞いて師匠はクロエとオリバルを見る。


 「ほう?お前達が?」


 「そうだっつってんだろ、師匠……歳か?」


 「ホッホッホ、そうか、確かにお前達なら問題ないだろう」


 クロエ達には師匠が悩んでいる意味がよく分からなかった。

 何故ならただ転移して洞窟の中のアオイを助け出せば良いだけなのだ、それは過去、アオイだけではなく他の門下生にもしている。


 「何か裏があるな……」


 少し察したオリバルがつぶやくと師匠は再び調子を取り戻す。


 「うむ……実はアオイを転移させた場所が破壊されて救出に行くには外に出て目的地までいかなきゃならん」


 「やっぱり……」


 「んだよ、めんどくさー事になってんな」


 「そこでお前達に試練を与える、外へ出て情報を集め、アオイを救出せよ」


 「はぁ?救出せよって何も情報なしでか?どーしたらいーんだよ」


 「それを言えば試練にならんじゃろ?アオイを助けれたなら免許皆伝である」


 めんどくさそうに聞いていたクロエ達だが最後の“免許皆伝”という言葉を聞いて一変する。


 「まじかよ!オリバ!聞いたか!行くぞ!」


 「あぁ……」


 こうしちゃいられないと、クロエとオリバルは勢いよく部屋を飛び出していった。




 「……クロエ、オリバル。

 この試練――そう簡単ではないぞ」




 だが、その言葉が彼らに届くことはなかった。





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