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第219話 女王と取引!

《世界樹 女王の間》


「ほう? こんな夜中に客人か」


時刻は午後の22時くらいだろう。

今はほとんど寝ずに政務をこなしている女王の間に、2人の影が差し込んでいた。


「はい、取引に来ました。アバレー王国の女王様」


アカネはそう言ってゆっくりローブを脱ぎ――

赤く艶やかな髪と、同じ色の耳がふわりと揺れる。


「っ……!? お、お主は……」


女王の視線がピクリと揺れる。

声にわずかに震えが走り、手に持っていた羽扇が静かに止まった。


「? どうしました?」


「……い、いや、何でもない。それで、“取引”とは何じゃ?」


アカネも今は、目先の詮索より任務の遂行を優先したようで、それ以上は踏み込んでこない。


「はい、入国を認めてほしい人がいます」


「そんなもの、ギルドに頼めばいいじゃろう。なぜ妾のところに来た」


「ギルドを通しても駄目だったみたいです。――あなたが拒否したのでは?」


「妾が? ……妾は何も聞いておらん。そもそも、そこまでの裁定は通常ギルド側の判断のはずじゃ」


女王の表情にわずかな疑念が浮かぶ。羽扇の動きも止まり、静かに目を細める。


「……誰じゃ? その者は」


「リュウトという名の方と、そのパーティーメンバーです」


その名を聞いた瞬間、女王の目がわずかに見開かれた。


「……クリスタルドラゴンを討伐した、“あの”勇者か」


しばし沈黙。


「妾が何も申しておらぬのは間違いない。むしろ、どのような人物か直に確かめてみたいと思っていたくらいじゃ」


「え……一体誰が……」


アカネの唇がわずかに震える。

女王の言葉は明確だった。“拒否”を下したのは、女王ではない――



 「まぁよい。その様子だと、もう来ておるのだろう? この緊急事態じゃ、そのくらいは目を閉じよう……それだけか?」


 女王にとって、リュウトは“クリスタルドラゴンを倒した勇者”に過ぎなかった。


 これがもし本当に召喚された【勇者】であると明かされていたなら――

 その評価は、まったく異なるものになっていただろう。


 ……それ故に、アカネが提案した“次の人物”こそが、最も気を払うべき相手だった。


 「いえ。あと一人……この方の入国を許可してください」


 アカネの隣にいたキールが、ゆっくりとローブを取る。


 「っ……!? 代表騎士……!」


 女王の声に、わずかな震えが混じる。

 その目が、鋭くキールを見つめた。


 「お久しぶりです、愛染の女王」


 「貴様……! 何を言っている! ここに居ることが、どれだけの重罪か解らぬ訳ではなかろう!」




 その言葉に込められたのは、怒りではない。

 ――恐れだった。




 そう、グリード、ミクラル、アバレー。

 この三国の軍事バランスは、長年にわたり微妙な均衡を保っていた。




 それは単に「攻められない」という外交上の抑止力だけではない。

 特にアバレーにおいては、《世界樹》という巨大構造体が獣人によって築かれ、外部からの侵入を防ぐ最大の要となっていた。




 ――少なくとも、“そう信じられていた”。




 だが、今。




 この場に、他国――それもグリードの“代表騎士”キールが立っている。




 つまり、この世界樹の核心部において、彼がもし今この場で女王を斬れば――

 アバレーは一夜にして、戦争もなく陥落するのだ。



 「ぐっ……」


 女王はゆっくりと一歩後ずさる。

 その額には、一筋の汗がにじんでいた。


 「お主……これは脅しのつもりか? 妾が今ここで兵を呼べば、困るのはそちらであろう」


 「はい。だからこそ、私は“取引”と申し上げたのです」


 アカネは一切表情を崩さず、まっすぐに女王の目を見つめ返す。


 「こちらの要求はただひとつ――騒ぎ立てず、一般の冒険者として、リュウトパーティーとキールさんの入国を許可していただきたい」




 「そして____此方が出す物は、これです」




 そう言って、アカネは懐から一冊の古びた本を取り出した。




 表紙は黒ずみ、革の綴じ目は裂けかけている。

 しかしその中心には、見慣れぬ“世界樹”の紋様が刻まれていた。


  「それは?」


 「これは――【山亀】の資料です」


 「だからどうした? そんなもの、此方でも――」


 「いいえ。この本には、かつて“勇者”が【山亀】をどのようにして止めたのか、その詳細が記されています。この世界に……一冊しか存在しない資料です」




 「っ……!」




 女王の手がぴたりと止まり、目が見開かれた。

 アカネ達の表情、態度、空気――どれをとっても“虚言”とは思えない。




 この本は本物。

 そして、国の代表騎士の入国と釣り合う……それだけの価値を確かに持っていた。




















 「さぁ、どうしますか。この取引。受けますか?」















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【山亀】到着まで後三日


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