「ここまででいいか?」
アカネとキールは、女王との取引を終えたのち――茶色のたてがみを逆立てた女獣人に案内され、世界樹を下っていた。
「はい、ありがとうございます」
アカネが軽く頭を下げるが、その返事はなかった。
「……」
「?」
隣を歩いていた女獣人は、鋭い目つきでキールを睨みつけていた。
その双眸には、あからさまな嫌悪と軽蔑が滲んでいる。
「……何か、気に障りましたか?」
キールが淡々と問い返すと、女獣人は鼻で笑った。
「別に。ただ……人間と口をきく理由も、きく価値もないってだけ」
客人として扱え、という命令が出ている手前、無視はできなかったのだろう。
そのせいで、彼女の言葉はより刺々しく、歪んでいた。
「――私は、牙輝族(がきぞく)。誇りを持って、この国を守る騎士の一人です。その目に焼き付けておいてください。これが“正義”の側に立つ者の姿だってことを」
それはまるで、自分こそがこの国の正義であり、人間などは秩序を乱す存在に過ぎない――と、言わんばかりだった。
「正義かは分からないが、騎士ならばその目はやめてほしいものだな、君程度の実力では私に敵わないから喧嘩を売る相手を間違えないことだ、痛い目を見るぞ」
だがキールも、挑発するように、冷たく返す。
「なんだと!」
「キールさん! えと……十番隊隊長のアイさんでしたっけ? ここまで送ってくれてありがとうございました!」
アカネは空気が悪くなるのを感じ取り、無理やり話を切り上げる形で場を収めようとする。
キールも察して黙って背を向けた。
「さっさと失せろ、人間」
「……」
「ちょ、キールさん!?」
その言葉を聞いた瞬間、キールは足を止める。
ゆっくりと振り返り、冷ややかな目でアイを睨んだ。
「君に昔何があったかは知らないが、“人間”という分類で誰かを見ない方がいい。私は獣人にも様々な者がいると思っているし、人間にも悪い奴はいると思っている……だがそんな私から見ても、君は愚かで、救いようのない獣人だ」
「なんだとぉっ!」
怒りに我を忘れたアイは、その場で剣を抜くと、上段からキールへと斬りかかる!
だが――
キールは一歩も動じることなく、静かに身をずらしてその一撃を避けた。
「っ! この……っ!」
さらに斬撃が続く。
だがキールは、まるで舞うように剣を受け流し、避け続ける。
その表情には、怒りも焦りもなく――ただ一言、つまらなさそうな冷笑が浮かんでいた。
「内容の無いことをぺらぺらと喋ったところで、人間風情が我ら獣人の気持ちがわかるか!」
「……」
「っ! 何!?」
パシッ。
キールは表情ひとつ変えず、指の間でアイの剣を挟み――
そのまま足で柄を蹴り上げる。
「しまっ――!」
アイは反射的に手を離してしまい、自らの武器を奪われた。
「内容が無い事だと思ったか? 違うだろう?」
「真実だから、聞きたくなかっただけだ」
「私は、君みたいな奴が一番嫌いだ」
キールは、逆手に持ったその剣を静かに突き出し――
無言で反論を封じた。
「もっとも。これだけ侮辱されても、なお耳を塞ぐのなら……勝手に破滅すればいい。私には関係ない」
「く……っ!」
目の前に突きつけられたのは、さっきまで自分が握っていた剣。
それを突き返され、言葉を失うアイ。
「こちらも、君のような者に構っている暇はない」
「……剣は返す」
地面に深々と刺さる金属音が、静けさを破った。
「その剣も――君の部下たちも、かわいそうで仕方ない」
それだけ言い残し、キールは踵を返す。
アカネも一礼し、その場をあとにした……。
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「あの……どうしてキールさんあんなことしたんですか?」
世界樹から少し離れた所になりアカネはキールに聞く。
「彼女を見ると昔の私を思い出してな……」
「なるほど、そうですか」
「見苦しい所を見せた、すまない」
「いえ、私はリュウトさんさえ居れば気にしませんし、私はリュウトさんが悪の道に行っても着いて行きますので」
「そうだ、それでいい」
「良いんですか?」
「良いとも、絶対の正義なんてこの世に存在しないのだから……」
「………そうですか…………」
2人はそれ以上話す事なくリュウト達の元へ向かった。
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《取引後 女王の間》
もう周りに誰も気配はない。
魔時計がシュルシュルと秒針を刻む音だけ聞こえる。
「しかし、あの小娘……」
取引した古い本を読みながら思い出すのは自分と同じ種族と髪の色の獣人。
「生きていたとは____“名も無き愛染”」
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