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第221話 全てが動き出す!始まりの『魔法』


 日が昇りはじめ、世界を淡く照らし出す頃――


 キールは、遠く地平の彼方に見える“動く山”をじっと見つめていた。


 「……まだ到着には数日あると言うのに」


 その巨体は、遥か彼方にあるはずなのに、すでに“直ぐそこ”に迫っているような錯覚を与える。


 山亀。


 あの存在は、文字通り“山”だった。


 「あ、キール」


 テントの布をめくり、リュウトが外へと顔を出した。


 「起きたか」


 「……あぁ。キールも眠れなかったのか?」


 「緊急事態だからな。必要最低限の睡眠にしている。リュウトは、どうしてだ?」


 「俺は……」


 言いかけたリュウトは、装着している腕の装備にそっと手をかける。


 「……どうした?」


 キールの声は静かだったが、わずかに緊張が滲む。


 「キール……あんたに頼みがある」


 リュウトの瞳が、まっすぐキールの目を捉える。


 それは覚悟の瞳だった。


 「……なんだ?」


 「まずはこれを見てくれ」


 リュウトはゆっくりと腕の装備を外していく。

 金属の留め具が外れ、布地の内側があらわになると――そこにあったのは、明らかに“人間”とは異なる痕だった


 「っ!これは!」


 リュウトの腕には、黒い線のような紋様が浮かび上がっていた。

 まるで呪印のように、脈打つように淡く輝きながら広がっている。


 「治す手段はないのか?」


 「……」


 無言でリュウトは頷く。


 「……私に頼みとは?」


 「もしも次暴走したら俺を__」


 「悪いが……断る」


 「どうしてっ」


 「ならば逆に問おう。……なぜ、“殺してほしい”と願う?」


 リュウトは拳を握りしめ、唇を震わせる。


 「それは……俺が暴走したら、他のみんなに……迷惑をかける」


 言葉を吐くたび、胸の奥にある恐怖が膘らんでいく。


 「神父さんからもらった薬も、もう残り少ない……」


 喉が詰まりそうになる。

 それでも、絵のように言葉を繰り出した。


 「最近……夢を見るんだ」


 「俺の手で……仲間を殺す夢を」


 「その死体を、俺が……俺が笑いながら食ってるんだ……!」


 「その肉を、豊富に……楽しそうに……ッ!」


 声が裂ける。

 叫びにも似たその告白は、もはや自分自身への呪語だった。


 「もし……それが現実になったら!」


 「俺は……俺はッ……!」


 「落ち着け、今の君は暴走しているのか?」


 「っ……」


 気がつくと両手でキールの襟を掴んでいたのに気付き離す。


 「ごめん……」


 「構わない」


 「……」


 「……私が昔、冒険者をしてた頃の話をしよう」


 キールが、ぽつりと語り始めた。


 「【プリーメリクス】という植物型の魔物がいてな」


 「確か……その場に留まって、ベタベタした体液で獲物を絡め取って捕食する魔物ですよね?」


 「そうだ。あれの討伐に行った時、本当に運が悪かったんだろう。傷口に“種”が入ってしまったことがあってな。そのまま身体を治療してしまった」


 「う……」


 リュウトは思わず顔をしかめた。

 体内に異物が入り、それを蓋する――想像しただけで気分が悪くなる。


 「数日後、身体に異変が出た。芽が出てきたんだ……私の肌からな」


 「……」


 「慌てて医者に行ったが、もう遅かった。根は身体の隅々まで張り巡らされていて、奴は私に気付かれぬよう害のない部分ばかりを狙っていたらしい」


 「……どうなったんですか?」


 「そこから先の記憶はない。刺激を与えれば魔物が暴れる可能性があると判断され、医者が私を強制的に眠らせたからだ」


 「でも、今こうして話してるってことは……助かったんだよな?」


 「ああ。目が覚めたとき、私は自分の家のベッドだった。身体から魔物は、一本残らず取り除かれていた」


 「いったい誰が……?」


 「仲間たちだ」


 「仲間って……キールの言っていた、あの三人?」


 「ああ。だが、奴らは何も言わなかった。まるで私が少し長く眠っていただけかのように、いつも通りに振る舞った」


 「……」


 「後から聞いた話では、私が眠っている間、医者の手を借りながら、必死に助ける方法を探してくれていたらしい」


 「……」


 「状況は違う。だが、あの時の私と今の君は似ている。君も――仲間に頼れ。君の仲間は、きっと諦めずに、救う方法を探すはずだ」


 「だから私は、君が暴走しても“殺さない”。……時間を稼ぐ。そのために、ここにいる」


 「………………」


 「仲間を心の底から信じろ、君は助かる」


 「…………分かった!」


 「フッ……」


 「そう言えば、キールのパーティーメンバーの名前って、《ルコサ》《オリバル》《クロエ》だったよね?」


 「? そうだが?」


 「その人たちって獣人?」


 「違うぞ?」


 「あれ? 人違いかぁ……いやぁ実は昨日心強い仲間を見つけたんだけど名前を聞いてあれ? ってなったんだ」


 「ほう? 同じ名前なのか?」


 「そそ! 今日会う予定なんだ! キールも楽しみにしててくれ!」


 「ああ、解った」


 続いてテントからアカネが料理のおたまを持って出てきた。


 「お二人とも朝ごはん出来ましたよ~」


 「お! いただきます!」


 「キールさんもどうぞ?」


 「では、お言葉に甘えて」


 こうしてリュウトパーティーの1日が始まる。


 ________


 ____


 __


 そして____


 「……」


 「……」


 「……」


 「紹介するよ、こちらが昨日会った__」


 三人は顔を見合わせて同じ言葉を言う。


 「「「知ってるよ!」」」


 リュウトの呼んだ助っ人は正真正銘本物のオリバルとクロエだった。



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 《一方その頃……》


 「助け……来ない」


 もはや、花びらが床にパンパンに積まれてちょっとしたふかふかベッドになってるこの洞窟。


 「お風呂入りたい……」


 お風呂に入ってないので髪もベトベト、匂いも____と思っているが、アオイは持ち前の『加護』の力で身体は匂いも汚れもなくベストコンディションを保ってる。

 もしも“あなたの奇跡の一枚!”なんて募集広告があれば、いつでもどこでもどの角度でアオイを撮っても奇跡の一枚になるだろう。


 「……あれ? そういえば」


 そしてアオイは気付いてしまった。

 自分のもっとも適性のある魔法を使えば助けを呼べるのではないかと。


 「ど、どうせ誰も見てないし……良いよね」


 アオイは感覚を研ぎ澄まし、その魔法名を唱えようとすると、いつもの様に身体が勝手に動き出す。


 両手を自分のネコミミの横に持っていき、二つに別れた尻尾の先端をあわせてハート型を作る。

 腰を少し引いて前屈みになって、胸を誰かに見せるわけでもないが、やたらとチラ見せさせながら――




















 「『魅了』にゃん」













 「…………あ、うん、死にたい」








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【山亀】到着まで、後2日


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