「目標! 射程圏内まであと10!」
すべての設備が準備完了し、いまや世界樹は――
魔法陣だらけの“落書き世界遺産”のような有様になっていた。
そして、開戦まで――残りわずか。
山亀は、遠くからスコールを発生させながら、その巨体を堂々と獣人達の前に現していた。
モニターに映し出された映像では、まだ街の先端にすら到達していないはずなのに――
それでも、その圧倒的なスケールゆえか。
まるで、すぐ目の前に迫ってきているような錯覚に陥るほどだった。
「さぁ、あやつらを信じたんじゃ。それに答えてくれよ」
女王は静かに目を閉じ、手にした扇子をパチンと閉じた。
その音は、これから始まる戦いの号砲のように響く。
「お母様、彼女達は……」
「我らからすれば、あやつらが死のうが関係ない」
「……」
だが、女王はふと窓の外を見やって、わずかに笑う。
「……まぁ、あの赤髪の娘は救ってやるかの」
「【山亀】射程圏内まであと5……4……3……2……」
魔法通信越しに響くカウントダウン。
空気が張り詰め、城中の誰もが息を呑んだ。
女王は玉座から静かに立ち上がる。
「発射じゃ」
「【零式対山亀砲】発射!!!」
轟音とともに、世界樹の上部からまばゆい閃光が走った。
魔法陣が光り、収束されたエネルギーが一点から放たれる。
それはまるで、天を裂く稲妻。
空を切り裂くその光線は、暴風と共に降りしきる雨を吹き飛ばしながら一直線に飛ぶ。
山亀までの距離――およそ三キロ。
だが、砲撃の速さは目にも留まらぬ。
「命中まで、あと……!」
砦の観測手がごくりと喉を鳴らす。
そして、次の瞬間――
「ッ、直撃!!」
山の腹部に、白い閃光が突き刺さった。
地鳴りが起き、空が割れ、衝撃波が世界樹まで押し寄せる。
その爆風だけで、前線の結界が震えた。
地面を走る光の尾が、破壊の痕跡をくっきりと残している。
だが。
「っ……!? 効いて、ない……?」
煙の向こう――山亀の巨体は、そこに、あった。
黒煙の中、微動だにせず、亀裂すら見せず――
まるで、砲撃そのものを“受け止めた”かのように。
「っ! 対象、何か……結界のようなものに包まれており、ダメージなしです!」
「ふむ、やはりあの小娘の持ってきた本……本当のことが書いてあったようじゃの」
「お母様? 本って――」
姫の問いかけに答える暇もなく、女王はすぐさま次の指示を下す。
「零式に魔力を再充填しつつ、他の波状攻撃に移行! あの結界、無限ではないはずじゃ。必ず隙ができる。その瞬間にもう一度、零式を叩き込むのじゃ!」
「了解! 各位、聞いたな!」
「【一式対六十連続射撃雷】!」
「【二式百連迎撃朱天砲】発射!!」
世界樹から放たれた幾重もの雷撃と、圧縮された魔力弾の雨。
それらが次々と、山亀に向かって弧を描く。
着弾のたびに地響きが起こり、前線の結界がきしむほどの爆風が広がった。
だが――
ほとんどの攻撃は、山亀の結界に触れた瞬間、はじき返される。
それでも、数発だけは――
光の波をすり抜け、山肌に命中し、岩を抉った。
「手応えあり! しかし、致命傷には至りません!」
「そのまま続けよ! 零式のタイミングは妾が指示を出す! そなたらは射程圏内に入ってきたもの全て撃て!」
「はっ!」
「……ここから少し席を外すが、モニター越しに通信で指示を出す。姫、お主は世界樹の魔方陣を再度チェックし、精度を高めよ!」
「はい! お母様!」
そう言って、愛染の女王は自分専用の司令室へと移動し、魔皮紙を起動させた。
「さぁ……貴様達の出番まであと少しじゃ。大丈夫なんじゃろうな?」
{ふふ、我らを誰だと思ってるんですか? それより、ちゃんと住民の避難は済んでますか?}
通信相手は、ユキ。
「避難など、とっくに完了しておる。好きにするといい」
{了解です! 好きにします!}
そこで通信は途切れ、映像は魔皮紙の待機状態へと戻った。
「――見せてもらうぞ、人間」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【山亀】到着まで後1日
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー