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第253話 モルノスクール入学式

 モルノ町 《モルノスクール》




 市場のメイン通りをまっすぐ進み、

 少し長い坂を登った先に――その魔法学校は建っていた。




 《モルノスクール》。

 今日、この場所で、入学式が行われる。




 校門の前には、新しい制服を着た生徒たちが次々と集まってきていた。


 集まった生徒たちの年齢や雰囲気はまちまち。

 子どもに見える者から、大人びた顔つきの者まで、その幅広さが少しだけ異様にも見える。




 最初に、生徒たちは全員、体育館のような大きな建物へ案内される。

 前日に申請しておいた《科(コース)》ごとに席が用意されており、それぞれの指定席に着席していく――。


ここ、《モルノスクール》では、以下の四つの《科(コース)》が存在する。




 《ビジネス科》

 ――主に“商い”を職業にするための知識を学ぶ科。


 この世界では、16歳から自分の店を持つことができる。

 だが、学校に通った者とそうでない者では、売上や信用に大きな差が出る。


 入学者の多くは、すでに家族が店を営んでいる子どもたちで、16歳未満の生徒が多い。

 卒業後、そのまま家業を継ぐ者がほとんどだ。




 《マジック科》

 ――“魔法の研究”を仕事にするための基礎を学ぶ科。


 新たな魔法や、魔法を応用した商品開発などに従事する人材を育てる目的がある。

 この科では、魔法の基礎、歴史、理論などを学習する。


 成績が特に優秀な生徒には、グリード王国からの推薦状が届くこともあるという。




 《アドベンチャー科》

 ――冒険者になることを目的とした、実践型の科。


 冒険者には何歳からでもなれるが、16歳未満ではギルドから高ランク(ゴールド以上)に上がる許可は基本的に出ない。


 そのため、冒険者志望の若者たちはこの科で知識や技術を学び、16歳以降の活動に備えることが多い。

 ……とはいえ、“命を賭ける職業”であるため、他の科に比べて人気は低い。




 《アリスト科》

 ――貴族階級に属する者のみが通う、特別な科。


 将来、国を動かす立場となる者たちが“人を使う方法”や“組織の在り方”などを学ぶ。

 他のどの科よりも設備や環境が充実しており、何から何まで“特別扱い”を受ける。


 この科だけは、どのスクールにおいても厳重な選抜と高額な入学費が必要となる。




 ――以上の四つが、この《モルノスクール》における主な“進路別カリキュラム”である。




 現在、入学式開始まで残り10分を切っている。


 すでに、各科のイスはほとんど埋まっており――

 今から入場する者は、一番前の席しか空いていない可能性が高い。



そして――


 一人の人物が、体育館の扉を静かに開けた。


 その瞬間、会場全体の空気が止まったように感じられた。




 差し込む朝の光を背に現れたのは、

 まるで幻想から抜け出してきたかのような、美しい女性だった。




 ホリゾンブルーの髪は、背中まで流れるように艶やかに伸びており、

 一歩進むごとにその毛先がやわらかく揺れる。


 瞳は、燃えるような紅――

 その色は、深紅の宝石のように澄んでいて、どこか人ならざる威厳を感じさせる。




 艶やかな黒と金の制服が完璧に映えるプロポーション、

 大きく形の整った胸元に、すらりと伸びた脚線美。

 全身に漂う気品と華やかさに、誰もが言葉を失っていた。




 「な、なんとか間に合ったのじゃ……」


 軽く息を整えながら、少し浮世離れした語尾でつぶやいたその声すら、澄んだ鈴の音のようだった。





 「……っ、おい見ろ、あの人……」



 「え、いや、やば、まって、可愛いとかのレベルじゃない……」 


 「ねぇ○○ちゃん、あの人……人間よね?」


 「ええ、でも……人間であんな美しい人、見たことない……」


 「ねえ、ナルノ町に出た“金髪の神”っていたじゃない? あれに並ぶレベルじゃない?」


 「あー……“真似したら逆鱗に触れた”って噂の……でもこの人は――本物かもしれない……」




 男も女も、その“異様に美しい存在”を前に完全に圧倒され、

 誰もがその姿を見つめながら、勝手に思い思いの評価を交わしていた。




 「なんじゃ貴様ら……見世物ではないのじゃぞ……」


 注目の視線に気づいたルカは、ほんの少しだけ頬を膨らませ、少し拗ねたような表情を見せる。


 だがその仕草すらも、美しさに彩られていた。



  だが、ルカは席にはつかなかった。

 その場で静かに立ったまま、まるで“誰か”を待っているようだった。




 そして――




 その人物は、すぐに現れた。








 「ま、間に合った!? はぁ……はぁ……っ」




 扉を押し開けて、駆け込んできた少女。




 その瞬間――体育館の空気が、止まった。




 走ってきたせいで、汗をかき、肩で息をする――それだけのことだ。

 誰にでも起こる、何気ない日常の一幕。




 だが――

 それが“彼女”となると、話はまったく違った。




 ――その一滴の汗は、まるで宝石のように頬を滑り落ち、

 荒く上下する胸元は、見る者すべての心臓の鼓動を揃えてしまうほどに艶やかだった。




 煌めく金髪は乱れすら美しく、

 青く澄んだ瞳は光を吸い込んで放つ“聖なる湖”のよう――




 ただ、立っているだけ。

 ただ、息をしているだけ。

 ただ、汗を拭っているだけ。




 ――なのに。




 それだけで、空間の支配者と化していた。




 先ほどまで喧騒に包まれていた生徒たちは、言葉を失い。

 目の前に広がる“現実離れした美”に、ただ息を呑んで立ち尽くすしかなかった。




 誰もが、その姿を――本能で、視覚に焼き付けていた。




 『あの、美しすぎる女性を見ろ。』


 と、脳が命令してくる。

 それ以外の思考は遮断され――

 中には、呼吸することすら忘れて過呼吸寸前になった者もいたほどに。



 そんな注目の中心にいる本人――アオイは、というと。




 静まり返った体育館の空気に気づいて、

 ぽつん、と間の抜けた声を漏らした。




 「あー……えっと、ギリギリアウト?」


 「いや、時間的には合っておるのじゃ。ただ、もう少しで始まるから……きっと黙って待っておるのじゃろう」




 その“完全無敵”の美女――ルカは何も気にせず歩いて行き。

 その上をいく“銀河超え”の美女は「すいません」とぺこぺこと頭を下げながら、歩き出した。




 二人が通ったあとには、ほんのりと甘い香りが残る。


 男たちの本能をくすぐる“美の香り”。

 それを吸った者は、ふとした快楽に酔い――

 無意識のうちに、“あの瞬間”を一生忘れられない記憶として刻みつけられる。




 一方、彼女たちを見ている女子生徒たちの表情に、

 『妬み』『嫉妬』『劣等感』といった負の感情は一切なかった。




 あるのは、ただ一つ――




 “憧れ”。




 人間は、ここまで美しくなれるのだと示す“希望”。

 人生でこんな人に出会えたという“優越感”。

 そして、自分もああなりたいという、未来への光。




 誰もが、心の中で確信した。




 ――あの二人は、間違いなく“どこかの高貴な家のご令嬢”だと。




 当然のように、《アリスト科》の席に座るものと思い込んでいた。




 《アリスト科》の生徒たちは、声にこそ出さないが、

 心の中で密かに小さな喜びを浮かべる。


 “我が科に、あの美が加わる”と――




 他の科の者たちは、逆に肩を落とし、ため息をこぼす。






 ――しかし。






 それは、すべて間違いだった。






 美女二人が、その美しい足取りで向かい、

 すとん……と腰を下ろした先。






 それは――






 《アドベンチャー科》。

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