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第267話 お買い物

 「えーっと……依頼、依頼っと」


 放課後、俺は《なんでも箱》を席に持ってきて中身をチェックしていた。授業が終わったばかりで、教室にはまだ生徒がちらほら残ってる。


 「どんな依頼がきてるか気になるのじゃ!」


 ルカも前の席からずいっと身を乗り出してきた。普通こういうのって、主人のルカからしたら奴隷の俺が学校行事に関わるの反対されるもんじゃないの? って思ってたけど……案外ノリノリである。


 どうやら学校という文化そのものに興味津々らしい。めちゃくちゃ楽しそうだ。


 「んーっとね、あれ?」


 箱をパカッと開けて、中をひっくり返す。紙は――


 一枚だけだった。


 「おおう……」


 いや、正直いっぱい来ても困るし、これはこれで助かる……けど、なんかちょっと寂しい。


 「なんじゃ、一枚だけなのじゃ?」


 うん、ほんとにそれな。


  「うん、内容はね――」


 俺は箱の中の魔皮紙を開いてみる。そこには、場所と時間をかかれてるだけだった。


 ……え?それだけ?


 「なんだろこれ……って、え!? もしかして……これ、果たし状!? 決闘!?」


 「おぉっ!ついに我らにも来たのじゃな!」


 「なんでそんなに嬉しそうなの……? え、怖くないの? これ、もしかしてガチのやつかもだよ?」


 ルカはというと、すでにニッコニコで自信満々に胸を張っていた。


 「ふふん、心配無用なのじゃ! ワシに任せておけば百人力なのじゃ!」


 ……不安しかないけど、誰より頼りになるのもまた事実。


 そういうわけで、「いざ尋常に勝負ぅ!」とか言い出しそうなルカと一緒に、俺は指定された場所へと向かうのだった――。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「こんにちは、アオイちゃん♪」


 「あ、あなたは――!」


 指定された場所、《ミクラルバーギャー》の店前。

 ……ていうかこの建物、元の世界でよく見た○クド○ルドじゃね? 看板の色も似てるし!


 そして俺を呼び出したのは――クラスの女子パーティー《ストロングウーマン》のリーダーさんだった。


 「この魔皮紙、あなたが?」


 「お主なのじゃ?」


 「うんっ!二人とも来てくれてうれしい~♪ そうよ、呼び出したのは私よ!」


 「え、えと……ご、ご用件は……?」


 ごくり、と喉が鳴る。

 まさか決闘!? いきなり頭突きでも食らったら、俺の頭蓋骨が粉々になる未来しか見えないんだけど!


 「用件はね――簡単よ!」


 リーダーさんがふわりと笑って言った。


 「アオイちゃんと!ルカちゃんと!一緒にお買い物しよっ!」


 「「へぁ!?」」


 頭突きでも飛んでくるのかと全力で構えていたせいで、俺もルカも気の抜けた声しか出なかった。


 「……?」


 「い、いやいや!な、なんでもないっ!ね、ルカ!」


 「そそそ、そうなのじゃっ!」


 「ふふっ……二人とも変なの。かわいい♪」


 な、なんだこの敗北感……!

 完全に心の中で「次の一撃は防がなきゃ!」って戦闘モードに入ってた俺とルカ、なんだかとんでもなく間抜けだ……


 あ、でもよかった。ルカにこっそり渡されてた魔皮紙(物理攻撃特化Ver.)も使わずに済みそう。

 内心ホッとしてたら、ストロングウーマンのリーダーが微笑みながら言った。


 「前に言ったじゃない、アオイちゃんとお買い物したいって♪」


 え……あ……あれ?……なんか、言ってたような?言ってなかったような……?

 あ、もしかしてこれって――!


 (なるほど、荷物持ち!)


 「任せてください!全力で運びます!」


  「えっ? う、うん、ありがとう……?」


 ちょっと戸惑い気味のストロングウーマンのリーダーが、にこっと微笑んで言った。


 「じゃあ、まずはここで少しお話ししましょ? ルカさんも大丈夫?」


 「うむ、まぁ構わんのじゃ。この店には来たことがないしの」


 「――えええ!? ルカさんが来たことないの!?」


 想像以上の驚き方に、こっちがビックリする。


 「いかにもなのじゃ?」


 「えぇ~!? ミクラルに何店舗あると思ってるのよここ!? どこにでもある定番ファストフードよ!?」


 あー、やっぱこの店、見た目そっくりだけじゃなくて完全にあの世界の〇クド〇ルドポジなんだな……。


 三人で店の前に立つと、ピンッと魔力センサーが反応し、自動でドアが開く。


 「うぉっ……」


 店内は清潔感があり、すぐ正面にあるカウンターから、制服姿の店員さんが笑顔で声をかけてくる。


 「いらっしゃいませー♪」


 やばい、懐かしすぎる。

 このフォーマット、完全にあっちの世界のあれじゃん。


 「……ここ、ほんとに異世界?」


  「どうしたのじゃ?」


 「どうしたのよ?」


 二人して、俺の顔をのぞきこんでくる。


 いやいや、だってこれ……ほとんど元の世界の“あの”Mの店じゃん。

 名前はちょっと違うけど、外観も内装も、カウンターも店員さんのスマイルもそっくり。違いがあるとすれば――ポテトとナゲットが無いことくらい。


 「あ、いや!なんでもないから、気にしないで?」


 二人の視線が鋭くなる前に、慌てて取り繕った。


 「そ? じゃあ先に注文しとくねー、私は席とっておくから」


 女パーティーのリーダーは軽やかにカウンターへ向かい、俺たちに笑顔を残して離れていった。


 さて……。


 「ルカ、お願いがあるんだけど」


 「これじゃろ?」


 俺が言う前に、ポンッとギルドカードを渡してくれるルカ。察しがいい。


 「ありがと。……今度、僕のも作りに行こう?」


 「そうじゃな。これでは不便なのじゃ」


 そして、俺とルカもカウンターへ。


 店員さんはにこやかに待ってくれてる。やっぱり接客まで異世界M○風味。


 「えーっと、メニューは……」


 《ハンビャーギャー》、《ターズビャーギャー》、《ちりやきビャーギャー》――なにこの噛みそうな名前オンパレード。


 「どれがいいんだろ……ルカ、食べたいのある?」


 「ワシは、あれなのじゃ!」


 ルカが勢いよく指さした先には、でっかく書かれたポスター。


 《限定!10段重ねビャーギャー!》――ええぇ……。


 「え!? あれいくの!? 食べきれるの? てかあれ、重ねただけで高いし、崩れるし、ハンビャーギャー10個の方が得じゃない!?」


 「むー、ワシはあれが良いのじゃ!決めたのじゃ!」


 頑なに譲らないルカ。

 こだわり強いなぁ


 「僕は、とりあえず《ハンビャーガー》で……飲み物は《キーラ》を二つ」


 ……絶対これ、ハンバーガーとコーラだよな?

 こんな名前して違ったら、おこだよ?


 「ありがとうございました。こちらの札を持って、お席でお待ちください」


 店員さんに渡された札を手に、先に席を取ってくれていた彼女の元へ。

 「ありがとうございます」と軽くお礼を言いながら座ると――五分も経たないうちに机の表面がふわっと光り出した。


 ……そして、頼んだ品がスッと出てきた。【転送魔法】便利!


 「ル、ルカさん……すごい、それ食べるの?」


 依頼主の女性が目を丸くするのも無理はない。

 ルカの前に現れたのは、まさに「倒れないのが奇跡」と言いたくなる――《ハンバーガータワー》。


 ……どうやって食べるの、これ?


 「平気なのじゃ!」


 ルカはおもむろにイスから立ち上がり、置かれていたフォークで上段をぶっ刺して口に運ぶ。


 「うむ、美味なのじゃ!」


 「そ、そっか……よかった♪」


 嬉しそうにケチャップを口につけながら満足げなルカ。


 ……うん、今度は家庭で作ってみるか。

 愛情たっぷりの、ハンバーガー――もとい《ハンビャーガー》。ルカ専用サイズでね。


  「じゃあ、僕も――いただきます」


 手を合わせて合掌。

 すると、依頼主の女性が不思議そうにこちらを見ていた。


 「アオイちゃんって、いつも食べる前にそれやるよね? 礼儀正しいなあって思ってたんだ」


 「えへへ、そんな大したことじゃないよー。礼儀っていうより……命の大切さ、ちゃんと噛み締めておこうと思ってて」


 本当にね、そう思わされた出来事があったから……


 「……あむっ。――うん、うまい」


 ひと口食べると、パン・肉・野菜が一気に口の中に広がる。

 シャキッとした野菜、肉の旨み、しみ込んだソース……全体が完璧に調和してて、ふんわりしたパンがその全部を包み込んでる。


 ああ――これだよ、久しぶりのハンビャーガー。

 めっちゃくちゃ、幸せ。


 「それにしても……アオイちゃんって、なんか食べてるときすっごく幸せそうだよね? そして――Hだよね、フフ」


 「は、はは……Hなの? またまた冗談を……」


 冗談だよね?

 ね?

 本気じゃないよね?


 「冗談じゃないわよ~? ほら、舌で唇についたケチャップをぺろってする仕草とか……食べたときの幸せそうな顔とか――完全にエッチだもん♪」


 やっばい、こっちが恥ずかしくなるわ!!


 いやいやいや、これたぶんアレだ、JK同士の軽いノリってやつ! 冗談冗談!聞かなかったことにしよう!


 「は、はは……えーと! 今日は、なに買うの?」


 話をそらすようにハンビャーガーをパクつく。うん、美味しい、今度こっそり一人で来て食べよう……


 ちなみに、隣のルカはというと――


 「んふふ……幸せなのじゃ……ふふ……」


 10段重ねハンビャーガーをフォークで上から刺して食べている。完全に会話の戦線離脱中。


 「うーん、今日はねぇ、新しい服を見たいなって」


 「了解!」


 食べ終えた三人で店を出て、市場の一角にある服屋モルモルへ向かう。


 ……そして、問題発生。


 「……女性専門店、だと……」


 「……のじゃ……」


 なぜか隣でルカも俺と全く同じテンションで同じリアクションしている。

 それもそうだ。ここには女性用の服しか置いてない。


 「? 何か問題あるの?」


 「い、いやいやいや! な、ないよ!ね!?ルカ!」


 「そ、そうなのじゃっ!」


 「これとか似合いそうじゃない?」


 依頼主の女の子が次々と服を抱えてきた。

 “似合いそう”って言われてもさ、彼女いたことない俺に女子の服のセンスなんてわかるかっての……とりあえず、


 「うん!すっごく似合うと思うよ!」


 無難な全肯定で答えておく。


 「じゃあ、あとで試着してみるね♪……次はアオイちゃんのね」


 「うん!……えっ?」


 ……ん?今なんて?


 「アオイちゃんってスタイルも抜群だし、胸も大きいし、絶対なんでも似合うと思うの!だから逆に、私じゃ着れないようなのがいいなって……えーっと、あれとか?」


 「……」


 ちょちょちょちょちょ、待てぃ!!

 今の流れ、俺も試着する前提じゃなかったか!?

 しかも今までの服って全部、与えられた仕事服……自発的に“女の服”を選んで着るって、それ、もう俺の中の男が泣いてるから!!


 だってさ!

 女子の服着て鏡見て「えへへ、似合ってる……かも?」とか言ってる男とか――それもうカテゴリが変わっちゃうから!!


 「ぼ、僕は……だ、だいじょうぶかなぁ……?」


 なんとか弱々しく断ろうとするが――


 「えーっと、あれとかどう?」


 聞いてねぇぇぇぇぇ!!


 そして彼女が指差したのは――


 「うっ……あれは……」


 白いチャイナドレス。

 しかもハイレグ気味で、腰のスリットがエグい……! 記憶の奥底にある、過去に着た記憶がフラッシュバックしてくる。


 その時、店員さんがにこやかに近づいてきた。


 「いらっしゃいませ~。お探しの服はどちらでしょうか?」


 依頼主はウキウキした様子で答える。


 「この服、この子に試着させたいんですけど!」


 チャイナドレスを指差して言うと、店員はちょっと困った顔をする。


 「あぁ……それは特注品でして、今復旧中の《ナルノ町》の《ゴールド》ってお店が出してた限定モデルなんですよ。今はもう生産されてなくて……展示品のその一着しか……」


 ……なんと!


 これは――好機!!


 「そ、そっか!残念だったなぁ!ははっ、いや~ほんと残念!」


 そう、展示品ってことは!試着不可の可能性が高い!


 この勝利を確信し、俺はそっとチャイナドレスに背を向けようとした――その時。


  「ちょっと待て!」


 「……へ?」


 唐突に響いた低音の声。

 その声の主は、店の奥から出てきた中年の男だった。


 「失礼。私はこの店の店長をしている者です。そして――あなた……」


 「ぼ、僕……?」


 店長の目がギラッと光る。

 その視線は俺の全身を舐めるように見て――そして、感極まったように叫んだ。


 「素晴らしいいいぃ!!! そのスタイル、その空気感!あの《チャイナドレス》を試着していいと許可を出せる唯一の存在です!」


 「ええええええええええええええええええええ!?!?」


 「やったね!アオイちゃん!本当に似合うと思うよ!」


 「ふ、ふぇぇぃ……や、ヤッター……」


 内心ガッツリ泣いてるけどね!?どうしてこんなことに!


 「さぁこちらへ!試着室は特別仕様です!鏡もライトも完備、あなたの美を全力で引き出しましょう!」


 「う、うそだろぉぉ……」


 そしてその“地獄の扉”が開いた――


 「ちょ、なんでワシまでぇぇええ!?」


 気づけば隣ではルカが叫んでいた。

 既に彼女も試着室へ連行されており――


 俺とルカ。

 気がつけば二人並んで、“店長&依頼主の私物着せ替え人形”と化していた――……。


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