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第276話 食事『食事』

 同日、同時刻――この時、アオイは《アリスト科》で食事をしていた。


 前菜、《サーズドグレンサラダ》。


 キンキンの冷水で引き締めた《キャブツ》と《ロタス》の葉が、皿の上でシャラリと揺れる。

 そこに《ゲルロブスター》のぷりぷりした身と、《ガリルスクラブ》の甘みある肉が散りばめられ、

 さらに《ウーリーシャーク》の薄く美しい切り身が優雅に乗せられた。

 仕上げは、酸味の効いた赤紫の果実ソース――まさに芸術。


 「あむっ……ん~っ、んっ、おいし……っ」


 アオイは白い指でフォークを持ち、小さく開いた唇にサラダを運ぶ。

 しゃくりと葉を噛むたび、唇が艶やかに震える。

 喉を鳴らし、蕩けるような吐息を漏らしながら――彼女はワインを一口。


 グラスの中、赤い液体がゆるく揺れて、唇に触れ、喉を通り、全身に沁みる。


 「んふ……これだけで、あと10杯はいけるよー……」




 ――その頃、《モルノ町》近くの山では。




 「う、うわあああぁぁああああ!!!」


 《ゲルロブスター》が、鋭利なハサミで一人の冒険者を掴み、

 そのままねじ切った。肉と骨が砕け、片腕がもげて空中に飛び、

 血が弧を描いて――仲間の顔に降りかかる。


 「ひ、ひぎゃぁあ!!」


 《ガリルスクラブ》は鋭い爪で腹を裂き、その中に顔を突っ込み、

 “中身”をしゃくしゃくと食べている。


 泥の地面に叩きつけられた足音。血の水たまり。

 飲み込んだ《ゲルロブスター》の口から、赤黒い液が滴る。


 赤い酒のように――冷たく、濃く、淫靡に。


____


 「くぁ……んっ、はぁ……おいしぃ……」


 アオイはグラスの底を空にし、さらにもう一杯をおかわり。

 顔がぽっと火照り、首筋にかかる金髪がわずかに揺れた。


 小さく、軽く――スプーンをとる。




 透明な《グレゴリスープ》が、波打つ。




 「ん……」


 一口、口に含む。

 スープの温度、香り、喉を通る感覚、すべてが異質。

 この世界でしか味わえない“美味”が、アオイを支配していく。




 ――同時刻、拠点では。




 「姉御ぉぉ! グレゴリの群れが……!」


 「な、なんだって……!」


 山の拠点。残された部下たち。

 そこに、数十匹の《グレゴリ》が押し寄せていた。


 体液を撒き散らしながら跳ね、噛みつき、

 まだ息のある者の腹に噛みつき、


 「ひ、ひぎ……っ!」


 《グレゴリ》の長い舌が人間の口に入り込む。

 脳髄まで舐めまわし、目を真っ赤に染めながら――そのまま“飲む”。


 “地獄の様な光景が拠点を支配していく”


____


 「んっ、ん……おいしかった……」


 アオイは満足そうにスープを飲み干し、グラスに口づける。


 「次は……メイン、だって」


 お腹はもういっぱい――でも、アオイの手は静かにナイフとフォークを握っていた。




 ――その頃、エンジュは。




 「っ! 前にも後ろにも魔物の群れ……どうすりゃいいってのさ……!」


 エンジュは考えて、考えて、考えて――


 でも、答えは出なかった。


 肩を落とし、膝をつく。



 その瞬間――空から降る、黒い矢の雨。



 魔法の矢が、大地を貫き、魔物を穿ち、空を裂いた。


 群れがたじろぎ、恐れ、空を見上げる。


「そんな……なんで……」


 そこに、いたのは__



 漆黒の騎士、『エス』。


 黒い弓を――静かに、構えていた。

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