目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第282話 徒競走

 徒競走、この競技はシンプルだ。

 みんなで一斉に走って、己の足の速さを競う。


 「よーい——」パァンッ!


 合図と同時にスタートダッシュ! みんなが一直線にゴールを目指して走り出す。

 信じるのは——己の足だけ!


 ……の、はずだった。


 {《アドベンチャー科》現在ビリです! ここからどう巻き返すのか!}


 「はぁ……はぁ……ど、どうして発動しないんだよおおっ!!」


 空に浮かぶじゅうたんから、実況と観客が俺を見下ろしてくる。

 テントの中の生徒たちも、出店の人たちも——


 俺は、相変わらずデカい胸をぷるんぷるん揺らしながら、みんなの注目の的になっていた……悪い意味で!


 スカート丈の体操服から太ももがむき出しで、胸元は走るたびに弾む。

 頑張って走ってるだけなのに、なんでこんな羞恥プレイみたいになってるの!? 服の魔法陣が揺れを最小限に抑えてくれてるのが唯一の救いだよ!


 「はぁ……っ、朝は普通に発動してたのにぃ……!」


 俺の靴のインソールには【魔皮紙】が仕込まれていて、本来なら魔力を流して衝撃を与えれば風の魔法で歩幅が伸びる仕様になってる。

 朝の通学ではバッチリ機能してた。


 ——でも、なぜか今は反応しない。


 周囲の生徒は、風魔法で地を滑るように進んでいたり、足の裏に魔法陣を展開して走っていたり。

 そんな中、俺だけが一人必死に走ってる。


 {《アドベンチャー科》アオイさん、がんばってください!}


 ……実況の応援すら、もう慰めにしか聞こえない。


 気がつけば、他の生徒はすでに全員ゴールしていた。

 今、グラウンドを一人で走ってるのは——俺だけ。


 {頑張ってください}


 うるせーよ! 頑張ってんだよ! クソがッ……!


 なんか……知らんけど、涙が出てくる。


 くそ、くそ、くそ……!

 この状況、まさかの“徒競走で取り残されて一人注目を浴びるあの役”じゃねーか!


 速い人たちに囲まれて、自分だけポツンと走らされて、観客が「……がんばれー……」って微妙な空気になるアレだよ!


 {アオイさん、頑張ってください}


 また来た……その一言が、めっちゃ心に刺さるのやめてぇぇ!


 俺は顔を真っ赤にして、涙目のまま——再び張られたゴールテープを切った。

 くそぅ……くそぅ……!


 テントに戻ると、すでに走り終えた《アドベンチャー科》の仲間たちが笑顔で迎えてくれる。


 「アオイさん、おつかれさまー!」


 「すごかったよ! 注目の的だったね!」


 ぐっ……励ましが……やさしいのに……効く……涙腺に……!


 ——その時。


 {アドベンチャー科、速い速い! 独走だぁ!}


 次の競技、《ストロングウーマン》のリーダーが出場していた。

 俺とは違って、ぐいぐい加速して他の科を圧倒してる。


 「いけーーっ!」


 「アオイさんのぶんをみんなで取り返すぞー!」


 ぐっ……! 刺さる! その言葉、真っすぐ心にグサッと刺さってるからァ!!ごめんよ!くそ!


 ちなみに、この体育祭にはそれぞれの科に《得点制度》があって、各競技の勝者にはポイントが与えられる。

 最終的な合計で《優勝科》が決まる、熱きバトルなのだ!



 {アドベンチャー科、頑張ってください}


 「あれ?」


 女リーダーの人が走って次の走者、すひまるちゃんも調子が悪いようだ。

 俺と同じで魔法を使えずに走っている。


 「おい!しっかりはしれー!」


 「魔法使え!」


 俺の時とは違い野次が飛んでいる......


 {アドベンチャー科、頑張ってください}


 「なにしてんだー!」


 「はやくしろー!」


 ........................


 すひまるちゃんは涙をこらえてゴールし、しばらく帰ってこなかった......




 この時から俺の中の何か忘れていた感情が少しよみがえり始めた。







この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?