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第290話 子供達に笑顔を与えたい

 《モグリ邸》


 「《モルノスクール文化祭》……?」


 午後の柔らかな陽射しが差し込むモグリ邸の一室。

 子供たちはお昼寝の時間。他の先生たちもそれぞれの部屋に戻り、屋敷は静寂に包まれていた。


 今やこの邸宅の主――モグリは、ナルノ町の新しい町長として多忙な日々を送っており、邸にはほとんど顔を出さない。

 その代わり、屋敷を取り仕切っているのはウマヅラ。そして、その傍らには彼の妻、ドーロ。


 「そうだ。現在この、モグリ様が築き上げた邸には……人間も獣人も関係なく、子供たちが二倍以上に増えた」


 そう言いながら、ウマヅラは一枚の魔皮紙を机に広げる。


 「そろそろ正式に、孤児院としてギルドに登録すべき時かもしれん」


 黒く染めた髪を指で弄びながら、ドーロが問い返す。


 「……で、その文化祭とどう繋がるの?」


 「ギルドの者に言われたのだ。一年の行事予定や教育方針を、ある程度示してほしいと。

 ……我々は元々、奴隷だった身。行事ごとや祭りなんて、関わることもなかった。だが――」


 彼はふっと笑みを浮かべる。

 その目は、今は穏やかに眠る子供たちの未来を見つめていた。


 「だからこそ、今が“始まり”なのだ。俺たちが作ってやればいい。子供たちのために。笑顔の、未来の記憶を」


 「なるほどねー。で、モグリ様はなんてー?」


 「モグリ様は、相変わらず寛大なお方だ。すべてこちらに任せてくださった」


 「流石モグリ様ねー」


 「うむ。さらにこの話を聞いて、モグリ様のお知り合いのお子様が文化祭を案内してくれるよう、手配までしてくださった! ああっ……なんと素晴らしいお方なのだモグリ様は……!」


 「あなたー、グリが起きちゃうでしょー」


 ドーロは、隣ですやすやと眠る幼子――自分たちの子、グリを気遣うようにささやく。

 一応、防音の結界は張ってある。でも、グリはいったん目を覚ますと中々寝てくれないのだ。


 「あぁ、すまない……グリ……モグリ様の名前を一部受け継いだ子だ……きっと立派に育つだろう」


 「そうねー……ところで、その文化祭って……子供たちを町の中に出すのよねー?」


 「うむ……」


 「んー……あの子たち、髪を染めてくれるかしらねー……」


 「……ミイと、ユキか」


 ミイとユキ――ふたりの少女は、そろって金髪だった。

 太陽を編み込んだような、眩しい髪。誰よりも、あの“アオイ”に似た色。


 かつてはドーロも金髪だった。今は黒く染めている。


 ここ、《ナルノ町》では三、四年前に“女神の事件”が起きた。

 その日を知る者にとって、金髪と青い目は“災厄の象徴”でもある。


 あのとき、アオイの美貌を真似る者が急増した。

 ミクラル王国の人々は、美に迷いがない。魔法整形に変身魔法、あの手この手でアオイに似せていった。


 アオイの容姿は、彼らにとって【神の作り出した造形】だったのだ。


 だが、それが【神の逆鱗】に触れた。


 そして現れたのが――モンスター『ブルゼ』。


 虫の王と呼ばれたそれは、“アオイの容姿を真似た者”を次々と惨殺し、《ナルノ町》を地獄に変えた。

 以来、町は壊滅状態となり、金髪や青い目の人物を見るだけで、過去の惨劇を思い出す者が後を絶たなかった。


 いつしか人々は言い出した。


 「金髪の人は女神だ」


 国は動き、《ナルノ町》では金髪と青い目を“禁止”とした。

 金髪の者は染めること、青い目の者は色を変えることを義務とされ、今もその風習は続いている。


 だが――


 「……あの子たち、金髪を変えたがらないのよねー……」


 ドーロの声に、ほんの少し寂しさが混じる。


 ミイは言った。


 「アオイ先生みたいになりたい!」


 そしてユキは、


 「おかあさんと同じがいいです!」


 ――その髪色は、憧れであり、愛の証だった。


 「アオイ先生ねー……」


 ドーロがぽつりとつぶやくその声には、どこか切なさが滲んでいた。


 「……理由が理由だから、無理に染めさせるのはやめよう。モルノ町に着くまでは、二人にはフード付きのローブを着てもらえばいい。幸い、あの事件のことを口にする者ももうほとんどいない。伝説になりつつある」


 「そうねー……時の流れって、そういうものかもしれないわねー」


 「では決まりだな。こっちで段取りは手配する。……子供たちを、安全に――遊ばせ……いや、学ばせるぞ」


 「遊ばせるでいいのよー」

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