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第293話 飴のお兄さん

《モルノスクール》


 今日は文化祭当日ということもあり、生徒だけでなく、近所の人や親戚、他の町から来た友人たちで会場はにぎわっていた。

 廊下には色とりどりの装飾と、どこかから聞こえる音楽や笑い声。

 甘いお菓子の香りに、屋台から漂う香ばしい匂いまで混ざり合って、まるで夢の中のよう。


 そんな中、ユキたちは一つの空き教室へと案内されていた。


 「ようこそ、モルノスクール文化祭へ」


 そう言って現れたのは、落ち着いた雰囲気の学生だった。

 長い睫毛とすっと通った鼻筋、姿勢も凛としている。

 ユキたちの前に立ったその人物は、にこりと柔らかく微笑んだ。


 「私は、二年アリスト科のプレジと申します。父上からお話は伺っております。本日は、私がご案内いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします」


 そのまま、丁寧に頭を下げる。


 今日モグリ邸から同行してきたのは三人の先生。

 ウマヅラ、ドーロ、そしてルクス。


 「うむ、よろしくお願いします」


 「よろしくー」


 「よろしくやねんね」


 それぞれに挨拶を返すと、プレジは今度はユキたち子供たちの方に振り返る。

 その顔は、さっきより少しだけ――子供向けの優しい笑顔になっていた。


 「それっ!」


 プレジが指を鳴らすと、ふわっと教室の空気が揺れた。


 次の瞬間――


 「「「「わーっ!!!」」」」


 魔法の演出とともに、空中からキャンディの山がふわふわと舞い降りてきた。

 子供たちは歓声をあげながら、その場に飛びつくように駆け寄る。


 「後で好きなだけ持っていっていいからね?」


 「あらー、いいのー?」


 「はいっ♪」


 「ほらー、みんなー? 飴のお兄ちゃんにお礼を言うねんな!」


 「「「「飴のお兄ちゃん!ありがとうー!」」」」


 「ありがとうでーす!」


 子供たちはちゃんと一列に並んで、両手やポケットいっぱいに飴を詰め込んでいく。

 キラキラした笑顔が、教室中に広がっていた。


 「さて。では先生方、何か見たい出し物はありますか? こちらが案内リストです。ご希望が決まれば、私にお知らせください。他の生徒と連携して、安全にご案内いたします」


 「ほう……これはこれはありがたい。飴に夢中になってる間に、我らはゆっくり見れる訳ですな」


 「気が利くわねー」


 「流石やわ〜」


 「光栄です。では、どうぞごゆっくり。時間はたっぷりございますので……私は扉の方におりますね」


 プレジが静かに下がり、教室の扉の前で控える。

 一方その頃――プレジのほうへ、金髪を揺らしながらちょこちょこと歩いてくる小さな影がひとつ。


 ……ユキだ。


 「飴のお兄ちゃん、それ、魔法だったのです?」


 トコトコと近づいてきたユキの声に気づき、プレジはしゃがんで目線を合わせる。


 「うん、魔法だよ」


 「すごいですっ! どうやったのです?」


 「【転送魔法】っていうんだけど、見たことないかな?」


 「てんそうまほう……?」


 「そうそう。ものを別の場所に飛ばす魔法さ」


 「じゃあ、もっと何か出せるです?」


 「出せるよ。……お嬢さんは、何が欲しいのかな?」


 「お、お嬢さんじゃないです! ユキですっ!」


 ぷくっと頬をふくらませたユキが、ぱたぱたと足を動かして考える。


 「えっとねー……お肉っ!」


 「お、お肉?」


 「うん! ユキね、食べるのも好きだし、お料理も大好きなんですっ!」


 その答えに、プレジはふっと優しく笑った。


 「ふふ……じゃあユキさんが大きくなったら、最高のステーキを食べさせてあげるよ」


 「わぁーいっ! ありがとうですー! ステーキ大好きですーっ!」


 ぴょんぴょん跳ねて喜ぶユキの頭を、プレジがそっと撫でる。


 「ふにゅ♪」


 「いい髪の色だね。……実はね、私が恋をしてる相手も、同じ髪の色で――ステーキを、美味しそうに食べるんだ」


 「わーっ! おかぁさんみたいな人です!」


 「……おかあさん?」


 「はいですー! 少ししか一緒にいなかったけど……だいすきなのですっ」


 「……」


 プレジは一瞬だけ言葉に詰まる。

 彼は知っている。この子たちが、どういう過去を持っているか。

 売られた子もいる。失った子もいる。だから、ユキの言葉が――胸に刺さった。


 「……ゴホン。ユキさん、これは特別だよ? みんなには内緒」


 そっとポケットに差し込まれたのは、一枚の魔皮紙。


 「なにこれ、です?」


 「これはね、【聴覚強化】の魔皮紙。遠くの声や、後ろの方で話してる声も聞こえやすくなるんだ。前に座れなかったときなんかに、使ってみてね?」


 「すごいです……ありがとうです!」


 そのタイミングで、先生たちがプレジのもとへ歩み寄ってきた。どうやら見学先を決めたようだ。


 ドーロがユキを見つけ、少し申し訳なさそうに頭を下げる。


 「すいませんねー……こーらー、ユキちゃん? 飴のお兄ちゃんに迷惑かけちゃだめよー?」


 「かけてないですっ!」


 むすっと頬を膨らませながら、ユキは胸を張って答えた。

 プレジは優しく微笑んでいた。


 「はい、迷惑じゃなかったですよ。……私も、ユキさんと話せてよかったです。先生方、準備は整いましたか?」


 「はいー。いくつか危なそうなのは除いて、とりあえず最初は二年生の《マジック科》の魔法ショーを見せてあげようかと思ってますー」


 「了解しました。では、行きましょう」


 プレジが軽く手を挙げて合図を送り、先生たちも頷く。


 「はーいー、みんなー? 移動するよー? 列に並んで、飴のお兄ちゃんについていきましょうー」


 「「「「はーいっ」」」」


 「ほらほらー、ユキちゃんも並んでー?」


 「はいですー!」


 ユキが嬉しそうにトコトコと列に戻ると、すぐ隣にいたミイが手を握って話しかけてきた。


 「なにしてたのー?」


 「へへへ……ひみつ、です!」


 「えーっ、教えてよ〜!」


 「……ふふ、大人の女は秘密が多いんです」


 「えっ、でも私たち、まだ子供だよ?」


 「……今は“心が”大人なんですっ!」


 ミイがぽかんとしたあと、ぷっと笑って、二人はまた手をぎゅっと握り合った。


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