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第294話 おかぁさん?

 「このように【氷魔法】の魔皮紙に、みんなで魔力を込めることで、周囲の温度が下がります。……さっそく試してみましょう」


 前に立ったマジック科の生徒が、教壇の奥に置かれた花束に向けて魔皮紙をかざす。


 シュウッ――と魔法が発動し、空気がひんやりと変わった。


 「「「おおお……!」」」


 生徒はそのうちの一輪を手に取ると、花びらをそっと握る。


 パリパリッ――


 凍った花びらが砕け散る音に、子供たちは目を丸くする。


 「お花さん、パリパリになったー!」


 「ユキちゃんユキちゃん! 見た? 魔法ってすごいね!」


 「見ましたです! あれを食らったら人間なんてひとたまりもないです!」


 ……さすがにちょっと物騒だった。


 「と、いうわけで! 次はこれを――人に撃ってみまーす」


 「「えーっ!?(です)」」


 「安心してくださいね。ちゃんと装備をつけた人なので、大丈夫ですよー」


 そう言ったマジック科の生徒が合図すると、扉の向こうから全身鎧を着た人がゆっくりと入ってきた。

 子供たちの視線が一斉に集中する。


 「では、よーく見ててくださいねー。……それっ!」


 シュウッ!


 魔法が放たれ、鎧の人に命中。

 瞬く間に全身が氷に包まれる。


 「わーーーーっ!?」


 「かたまっちゃったです!」


 不安そうな空気が教室に広がる中――

 鎧の人から「シューーー……」と音を立てて煙が上がる。


 「ふんっ!」


 凍りを砕くように、鎧の人がポーズを決めた。


 両手をあげて、子供たちに“安心してね”と手を振る。


 「「「「わーーーっ!! すごーーーい!!」」」」


 拍手と歓声が飛び交い、教室の中は熱気と笑顔に包まれる。


 「みんな、楽しんでくれたかな?」


 「「「たのしかったーーー!!」」」


 「すごかったです!」


 先生たちも、子供たちの笑顔にほっとしたような表情を浮かべていた。


 「はーいー、じゃあみんなー? マジック科のお兄ちゃんたちに、お礼を言ってから次いくよー?」


 「「「「マジック科のおにいちゃんたち、ありがとうございましたー!」」」」


 「はいっ、どういたしまして♪」


 子供たちは元気よく頭を下げて、きちんと列を作って教室を出ていく。

 最後に残ったのは、ユキとミイのふたり。




 「プレジさーん? すいませんー」


 「はい、どうかされましたか? ドーロ様」


 「ここら辺で、子供たちにトイレ休憩をさせたいんだけどー?」


 「なるほど。……では、ここからですと、体育館が近いですね」


 「あら、いいのー? 体育館って、今“美少女コンテスト”とかやってるんでしょー?」


 「はい、美少女・美男子コンテスト、料理一品コンテストも開催中です。一日中盛り上がっておりますので、ぜひ先生方もご覧ください」


 「ふふっ、お世辞が上手いのねー」


 「いえ、お世辞ではありませんよ? ……それとは別に、体育館の裏に準備室がございます。そちらなら人目も少なく、ちょうどよろしいかと」


 「まあ、ありがとうー。甘えさせてもらうわねー?」


 「どうぞ、いくらでも甘えてください」


 プレジは通信魔法を使いながら、アリスト科の生徒と連携を取り、

 人混みの少ないルートを選んで子供たちを案内していく。


 巧みに生徒の流れを避けながら、無駄のない誘導で進んだ先――

 たどり着いたのは体育館裏の準備室。


 「みんなー、おトイレいっておいでー」


 「「「はーいー!」」」


 子供たちは列になってゾロゾロとトイレへ向かい、

 ルクスは女の子を、ウマヅラは男の子たちをそれぞれ引率していく。


 「あらー? いいのーユキちゃんはー?」


 「はいです! ユキは大丈夫です!」


 「いっておかないと、あとで行きたくなるのよー?」


 「ふっふっふ、それでも私は大丈夫なのです!」


 「そーうー?」


 「へへ♪ です!」


 そう言ってニコニコしていたユキは、周囲の視線が外れた隙を見計らってトコトコと教室の隅へ移動。

 こそこそとポケットの中から、飴のお兄ちゃん――プレジにもらった魔皮紙を取り出した。


 「ふへへ……ついに使う時がきましたです……!」


 ユキが魔力を通すと、魔皮紙は光を帯び、小さな黒いイヤホンへと形を変える。


 「わー! すごいです! このペラペラが、本物になったです!」


 指でフニフニと押してみる。やわらかいのに、しっかりしている。

 ユキはこっそり耳に装着し、金髪でそれを隠した。


 「おー! 聞こえる聞こえるです……!」


 耳に広がったのは、人の話し声、足音、遠くの笑い声――

 意識を向けると、特定の人の声だけがクリアに届く仕組みのようだった。


 ……が。


 「どうしたのー?」


 「うひゃあ!?」


 不意に背後から声をかけられ、ユキは飛び跳ねた。


 「んー?」


 「な、なんでもないです!」


 近くの声に気づけなかったのは、イヤホンの“弱点”だった。

 ユキは内心で反省しつつ、音の範囲をちゃんと調整しておこうと誓った。




 そして数分後、みんなが戻ってきて出発の準備を始めたころ――




 「……なんで僕が……」




 「?」


 「どうしたのーユキちゃん?」


 「気のせい……みたいです?」




 でも、ユキの耳には確かに聞こえたのだ。

 懐かしくて、あたたかくて、胸がきゅっとする声。


 (……誰……?)


 そう思いながら意識を集中させると――


 『美少女コンテストは出ないよ!』


 今度ははっきり聞こえた。

 忘れようとしても忘れられなかった、あの人の声。


 「……おかぁ……さん?」




 「えっ、ユキちゃん?」




 隣にいたミイが不思議そうに聞き返す。

 でも、ユキは答えられなかった。


 ――イヤホンのことを言ったら、きっと取り上げられてしまう。

 プレジさんとの“秘密”も、なくなってしまう。




 だから、ユキが選んだ行動は――たったひとつだった。


 「せんせー、もれそうです。」













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