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第296話 ユキちゃん盗み聞きです!

 「ここら辺のはずですが……」


 あれから何度も生徒に「迷子?」と聞かれたけれど、なんとか誤魔化して一年の校舎までたどり着いた。


 【聴覚強化イヤホン】は便利だけど、人混みの中では集中しすぎて何度もぶつかりそうになってしまう。だからユキは、発動したり切ったりを繰り返していた。


 「もう一度、ここで聞いてみるです……」


 意を決してポケットからイヤホンを取り出そうとしたその時――


 「あ!やばいです!」


 咄嗟にトイレへ駆け込み、個室の扉をバタンと閉める。


 「ま、まさか次に来るのがここだったなんてです……!」


 ちらりと見えたのは、さっきまで一緒だったウマヅラ達の姿。

 不運なのか幸運なのか……彼らが次に向かっていたのは、一年アドベンチャー科の出し物だった。


 「でも……でもまだ、あの声の人を見てませんので……帰るわけには、です!」


 気を取り直してイヤホンに魔力を込めようとした――そのとき。


 「……誰か来た、です?」


 女子トイレのドアが開く音。誰かが入ってきた。でもユキは気にせず、そっと魔力を流し始める。


 そして、聞こえた。


 「アオイは美少女コンテストに行ったわ。よく誘導できたわね、すひまる」


 「……!」


 耳がぴくんと跳ねる。心臓がドクンと跳ねた。


 ――今、確かに【アオイ】って……!


____________


________


《過去》


 「おかぁさん……ユキは、おかぁさんの名前もしらなかったの……じぃじに聞いても教えてくれなくて……だから……だからっ、ユキに教えて!おかぁさんの名前を!」


 おかぁさんは優しく微笑んで――


 「フフッ、ごめんね?じぃじはきっと……忘れちゃったのかもねー……」


 そして、ゆっくりと――


 「お母さんの名前は――」




 「【『アオイ』】だよ」





________


____




 「(アオイ……おかぁさんの名前……!)」


 胸が熱くて、ぎゅっと締めつけられるような感覚。


 「? どうしたの、すひまる。顔が暗いわよ?」


 「……あの、やっぱり……私にはアオイさんが『女神』なんて……思えません……」


 「……それに関しては、私も同意見よ。あんなの、ただの人間。見ただけなら、誰も気づかないでしょうね」


 「じゃ、じゃあ……計画は中止に……」


 「はぁ……これだから、アンタみたいな――」
















 「【下級吸血鬼】はダメなのよ」











 (……かきゅうきゅうけつき?……です?)


 ユキは息をひそめながらも、耳に意識を集中させる。聞いたことのない言葉に戸惑いながらも、イヤホンははっきりと会話を拾っていた。


 「す、すいません……」


 「いいわ。アンタみたいな能無しは気づかなかったでしょうし……教えてあげる。あの時、人間達の話し合いの場で咄嗟に放たれた魔法――」


 「……『魅了』、ですか? すごかったです。私、かかりそうに……」


 「ふん……違うわよ。私達は“実際にかかっていた”の。そして、今も何度も、かけられているのよ」


 「え……? わ、私はそんな記憶……」


 「記憶がなくても当然。アンタ、まだわかってないのよね? 『女神』の正体が。あれだけの魔力、あれだけの濃密な『魅了』。もはやそれは――【魔法】じゃないわ」


 「……え?」


 「【呪い】……いいえ、もしかしたら、この世界そのものに干渉してる『何か』よ」


 「……ど、どういう……」


 「気付きなさい。どうして私達の仲間集めが、こんなにも遅れているのか。どうして、日の光が苦手な私達が《体育祭》なんて出てると思う?」


 「そ、それは……学校の行事だから……準備でみんな忙しくて……」


 「――そう。『そう思ってしまう』からよ」


 「っ……!」


 「これが、『呪い』なのよ」


 すひまるの息が止まったように聞こえた。


 「そして気付いていても、私達はまた“人間達のために”……いいえ、“アオイのために”動いてしまう」


 「ひ、ひぃ……ま、まさか……あの時、転けてガラスが割れたのも……」


 「それはアンタのドジかもしれないけど、可能性はあるわね。……思い出させないで。演技とはいえ、アンタみたいな下級に頭を下げたなんて、私の一生の汚点よ」


 「も、申し訳ありません……」


 「まぁ、いいわ。そのおかげで、ようやくアンタだけがアオイに近付けるようになったんだから」


 「な、なんで……私だけなんですか? あなた様のほうが……」


 「……アオイの傍に、いつもいる青髪の女」


 「ルカさん……ですか?」


 「そう。あの女……《あの夜》、私が彼女の血を吸って化けた次の日から、ずっと何かを感じ取ってる。下手に近づけば、こっちが逆に炙り出されるわ」


 「そ、そんな……」


 「――話はここまでよ。来たみたいだから」




 (……来た?)




 ユキがそう思ったその時。女子トイレの外から、かすかに声が響いてきた。


 「……あ、あの! 話ってなんですか? 《ストロングウーマン》のリーダーさん、すひまるさん!」


 それは――ユキの耳にも、しっかりと届いた。

 14歳くらいの、まだ声変わりの途中のような少年の声だった。




 「急にこんな所に呼び出してごめんねー? 《ファイアーヒューマンドロップ》の小さなリーダーさん♪」


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