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第306話 これで全員......

 文化祭の打ち上げが終わり。

 アオイは「一万年と二千年前から〜♪」と、ほろ酔い気分でルカと一緒に帰っていった。


 笑い声と酒の余韻が夜風に消えていく中――


 その裏で、マッスルファイターズのリーダーは誰にも告げず、一人、人気のない公園へと向かっていた。


 「……ここ、で合ってるよな」


 薄明かりの街灯に照らされ、男が辺りを見回すと――


 その闇の奥から、ひとりの女が現れる。


 「待ってたわよ、マッスルファイターズのリーダーさん」


 「おぉ、遅れて悪かったな。《ストロングウーマン》のリーダーさんよ」


 「ふふ。まさか来てくれるとは思ってなかったわ。……嬉しい」


 女は微笑み、絡めるように男の腕へ触れる。

 その仕草はしおらしく、頬をほんのりと染めていた。


 「はっはっは、俺のマッスルが人を惹きつけるのは仕方のないことだからな」


 「ええ……本当に、素敵な身体」


 「む……ぅ」


 男の顔にも、わずかに赤みが差す。

 いつもの賑やかさはなりを潜め、二人の間には妙に静かな空気が流れていた。


 「じゃあ……行きましょう?ふたりきりの、夜道へ」


 「……ああ」


 差し出された細い指に、大きな手が重なる。

 女はそのまま恋人繋ぎをして、ゆっくりと歩き出す。


 夜の闇は濃く、二人の姿を飲み込んでいった。




 ――しかし、歩くうちに、男の眉がわずかに動く。


 「……? 君の家って、こんなに人気(ひとけ)のない方角だったか?」


 女は、黙っている。


 「おい?」


 沈黙は続く。


 足元を照らしていた街灯が一本、また一本と途切れていく。


 気づけば、背後には灯りもなく――

 前にいるのは、手を繋いで歩くこの女、ただひとり。


 女は立ち止まると、ゆっくりと振り返った。


 「……もう、我慢できない」


 「……!?」


 その言葉と同時に、女は男にキスを仕掛けた。


 唐突すぎる行為――だが男は抵抗する暇すらなかった。

 熱を孕んだ唇が重なり、柔らかな舌が口腔内に侵入する……しかしそれは、異様なほど長く、蛇のように男の喉奥へと這い進んだ。


 「っ!? が……ぁっ……!」


 舌は食道を通り、胃へと直接何かを流し込む。

 女は唇を離すと、淫靡な笑みを浮かべた。


 「ふふ……」


 「おま……え、なに……を……!」


 「もう遅いわ。あなたの胃の中には、強力な神経毒が行き渡ってる。私たちには効かないように調整された、特製の毒よ」


 男の足元がふらつき、膝をついた。


 「さすがは《プラチナ冒険者》ね……まだ意識を保ってるなんて。鍛え上げられた身体は、伊達じゃないってことかしら」


 「……き、貴様ぁぁぁっ!!」


 男は残った力を振り絞り、低い姿勢から跳ねるように飛びかかる。拳を握り、渾身の一撃を放つ――その瞬間。


 「っぐはぁっ!!」


 横合いから突如飛来した【風魔法】の衝撃が、男の身体を吹き飛ばす。


 地面に叩きつけられた男は、血を吐きながらも、薄れゆく意識の中で女の声を聞いた。


 「言ったでしょう? “私たち”って。こんな人気(ひとけ)のない場所で、ふたりきりだなんて思った?」


 気配が変わる。


 暗闇から、人影が次々に姿を現していく。


 すべて――《アオイ》と《ルカ》以外の、クラスメイトたちだった。


 「よ、よう……こそ……」


 かすれた声で、誰かが言った。


 彼らはみな、発達した異形の牙を持っていた。

 それはもはや「人間」のものではなかった。


 「人間家畜の世界へ……ようこそ」


 「…………っ……!」


 意識を手放す寸前。男は、仲間だったはずの“彼ら”が、異様な笑みで彼を見下ろしているのを、はっきりと見た。




 ───そして。




 「よし……これで準備は整った……後は“転移魔法陣”をいじって、《アビ》様の元へ……」


 女の笑い声が、夜空に溶ける。


 「ふふっ……ははははは……!」


 その笑声と共に、彼女たちは再び闇の中へと消えていった。




 ──闇は、何も答えない。







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