「【目撃封】」
その魔法が発動された瞬間、巨大都市スコーピオルに異常が走った。
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「魔王様!?応答を!こちら指揮本部、至急応答を!」
魔王の不在に焦った吸血鬼将校たちの声が、魔術通信に飛び交う。だがその声は返ることなく、空虚に掻き消えていった。
「う、嘘だろ……まさか、魔王様が……」
「ば、馬鹿なッ!あの『女神』相手に、負けるはずが……っ!」
だが否応なく【現実】は押し寄せる。
アオイが残した【糸』によって拘束されていた兵たちは、強度が薄れると共に次々と解放されていった。
——その瞬間、都市の統制が崩壊する。
「何が起きた!? 魔王城の結界が……消えた!?」
「俺たちは……俺たちはどうすれば……!?」
もはや都市に残るのは、吸血鬼のみ。
人間家畜はすでにアオイの手ですべて返され、この地に“熱を持つ生命体”として残っているのは吸血鬼だけだった。
そして——
「お、おいっ! お前……その腕!」
「え? な、なんだこれ……つ、冷てっ!? ひ、ひゃあああ!!」
ある吸血鬼の腕が凍りはじめ、皮膚の中へと氷が音を立てて侵食していく。
「た、助け……が……がぁぁぁぁ!!」
バキィッ!
その吸血鬼は、瞬く間に氷塊へと変わり果てた。
「ひ、ひとが……氷に!? ひいいいッ!?」
それは始まりの合図だった。
凍気が一斉に街を這い、吸血鬼達を次々と凍りつけていく。兵士、指揮官、魔物の成れの果て、すべて例外なく。
「う、動けない……寒っ……く、苦しい……!」
「誰かッ! 誰かあああああ!!」
叫び、暴れ、抵抗しようとした者たちも、最後には凍てついた彫像と化して地面に転がる。
そしてその凍気は建物を伝い、塔を貫き、街全体を飲み込み——
巨大都市スコーピオルは、《氷の花》の形を象って凍結した。
その美しさはまるで、咲いてはならぬ地獄の華。
都市は沈黙し、ただ静かに、凍った。
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「あ、あ……」
自らが作り上げた巨大都市が、わずか数分で【氷の花】と化す様を目の当たりにし、アビは愕然と立ち尽くしていた。
【スコーピオル】——吸血鬼の人口は人間の三倍以上。比例して都市の規模も尋常ではない。それは、他の人間国家すべてを足してもなお足りぬほどに巨大だった。
その都市が——まるごと。
「封……印……だと……?」
「驚いたかな? 魔王様。そ、これは【封印】……君が僕たちの仲間にならなければ、あの都市が再び目を覚ますことはないよ」
「くっ……!」
拒否する自由はない。
もしここで逆らえば、都市は永遠に氷の中。
それどころか、目の前に立つこの騎士……キールと再び対峙することになる。
【氷の花】を一撃で咲かせた、その力と共に。
「よろしくね、あびたん♡」
「……なんだ、その名は」
「こっちの方が可愛いでしょ? 呼びやすいし」
「ふん、知るか……」
ルコサはアビの返答を聞くと、口元を歪めて笑う。
完全に屈服させたわけではない。だが、もう充分だった。
この場において——アビは、仲間になった。
「見事な魔法だね、キール」
褒めるルコサに対し、キールはほんの僅かに眉をひそめ、不満を隠そうともしなかった。
「……これでも、本当の【勇者】よりも……弱いのか」
「うん、君は【子孫】であって【勇者】じゃない。だからこそ、僕たちが必要なんだよ」
そう言いながら、ルコサは懐から世界地図を取り出す。
指定されたポイントに触れた瞬間、空間に転移魔法陣が浮かび上がる。
「さて……【神の使徒】はこれで全員集合、だね。今頃クロのところにも、オリバのところにも魔法陣が出てるはずさ」
「新入りの挨拶もあるし、ちょっくら集まって会議でも開こうか」
そして。
巨大な【氷の花】を背にして——
アビ、ルダ、キール、ルコサの四人は、淡い光に包まれて転移していった。