「おーー!ルコさんじゃねーーかーーーぁ!」
「あぶね!」
バァンッ!と豪快に教会の扉を蹴り開けたのは、肩までの金髪をなびかせる少女クロエだった。
その勢いのまま、ルコサへ向かって飛び蹴り——ドロップキックをお見舞いしようとするが、
「挨拶が強引すぎない!?」
ルコサは神父服をひるがえして回避し、ついでに真っ白な法衣をバサバサとはたく。
「うるせー!死んでるのかとおもったじゃねーか!」
言葉の裏に本気の心配がにじんでいたが、態度はいつも通り荒っぽい。
クロエは黒と赤を基調としたライダースーツ姿で、男勝りな動きも相まってその姿はまるで戦闘狂の獣のようだ。
「そやつは実際一回死んでいるさね、クロエ」
そんな空気に水を差すように、落ち着いた声が教会の奥から響く。
長椅子に腰を掛けていたのはルダ。
どこから持ってきたのか、黒いセーラー服を着込みながら、肘をついて足を組み、飄々とクロエに視線を向けていた。
「ルダ!てめーも来てたのか!」
「当たり前さね、それに……ほれ、来たさね」
ルダが顎で扉の方をしゃくると、まるで計ったように扉がゆっくりと開く。
そこから現れたのは、真っ黒のスーツに身を包み、片眼鏡をかけた端正な吸血鬼——アビだった。
以前の威圧的な気配は鳴りを潜め、静謐な貴族のような佇まいで堂々と歩みを進める。
「……へぇ、あいつが例の……」
クロエは目を細めて観察する。
だが当のアビは、クロエを一瞥すると興味なさげに、
「こんな子供も居るのか」
と言い放ち、教会の最前列、神像の正面にある長椅子に座り込んだ。
「……あ? 今なんつった?」
クロエの眉がピクリと跳ね、足音も荒くずかずかとアビの前に詰め寄る。
「あー……クロ。ルダの時もそうだったけど、喧嘩ならあとにしてくれー……」
ルコサが心底うんざりした様子で頭をぽりぽりと掻く。
だがクロエは睨みつけたまま、ついでに舌打ちを一つ。
「ちっ! 覚えてろよ」
「…………」
無言で視線を外すアビ。火花のような空気が一瞬走るも、クロエはそのままドカッと横の長椅子に座り込んだ。
時間が惜しいのは、彼女もわかっている。なぜなら全員が、【神】から命じられたそれぞれの任務の最中に呼ばれているのだから。
「……あと、オリバは」
ちょうどそのとき、教会の扉がもう一度静かに開かれた。
入ってきたのは、黒と緑の重厚なロングコートを羽織った、整った顔立ちの青年。
彼の名はオリバル。いつもと変わらぬ静かな足取りで中へと進み、
「よ、オリバ」
「おせぇんだよ、オリバ」
「……ごめん」
短く、静かに返すと、オリバルは視線を巡らせてアビの姿を一瞬確認する。
それでも何も言わず、空いていた長椅子に腰を下ろした。
これで四人——アビ、クロエ、ルダ、オリバルが、教会の神の銅像の前に立つルコサを囲むように座した。
「さて、これで揃ったね……まずはクロとオリバに報告がある」
「んだよ?」
「なに……?」
「キーくんが復活したよ」
「「……っ!!」」
二人の反応はまるで雷が落ちたようだった。
「マジかよ!? おいおい!生きてたんかアイツ!? で?今日は来てねーのか!?」
「……キーくん、どこ……? 今、来てるんじゃ……」
喜びを隠しきれない様子で、クロエもオリバルも周囲をキョロキョロと見回す。
だがルコサは、肩をすくめて苦笑い。
「残念ながら、彼には今どうしても外せない【神】の仕事があってね。今回は欠席、ってとこかな」
「はー……マジかよー……んじゃ今度会ったらぶん殴っとくか」
「……挨拶くらい、すればいいのに……」
ルコサは少し目を細めながらも、場の空気をほぐすように手をひらひらと振った。
「まぁまぁ、そう怒らずに。彼の復活は重要だから、ちゃんと伝えておかないとって思っただけさ」
「……ふん。まぁそれはわかった。けどなルコさんよ」
クロエは不満げに椅子の背もたれにぐいっと寄りかかり、腕を組む。
「【神】の仕事を押し付けて行方くらませてたアンタが、ちゃっかり無事で戻ってきたって報告と、キーくん復活ごときで、わざわざ全員呼び出すわけねぇよな? 早く本題話せ。殺すぞ」
「……おお、よくわかってらっしゃる」
ルコサはやれやれと肩を竦めながら、指をぱちんと鳴らす。
「じゃあ、本題に入ろうか。なんか質問があればその都度どうぞ。……めんどくさいけどねぇ~、はじまりはじまり」
ルコサは両手を胸元で重ね、そこから淡い光の魔法陣を発生させると、それを下から上へと勢いよく振り上げた。
その瞬間——教会の中の光がすべて消える。
ステンドグラス越しの自然光すら遮断されたような闇の中に、ふわりと浮かぶ【光のモニター】が現れる。
{あ、あー……テステステスト、テスト~}
{みんな、聞こえる?}
「聞こえてんよ、はよしろっての!」
クロエの怒鳴り声が響いた瞬間、ルコサの魔術が起動する。
ルコサは魔法で空間に響かせるのではなく、直接それぞれの鼓膜に作用する【神の使徒】専用の術式を展開していた。
{はいはい……ったく、めんどくせー……}
ルコサの声が、全員の脳内に淡く、しかし明確に届いていく。
{今日こうして集まってもらったのは、他でもない。みんなも目の前で見た通り——魔王【アビ】くんが、僕たちの仲間になったってわけ}
「……チッ、やむを得ずだがな」
アビが静かに呟くと、クロエはあからさまに舌打ちを返す。
{うんうん、そのスーツも似合ってるよ。ま、ちょっと地味だけどさ}
ルコサは飄々とした声のまま続ける。
{これで、この世界における僕たち【神の使徒】は——全員、揃った}
ルコサが右手をひらりと掲げると、モニターの魔法陣が僅かに明るさを増した。
{だからさ。みんなにも改めて、知っておいてもらおうと思ってね}
{過去に僕がやってきた“仕事”と——そして、現在……世界がどうなってるかを}