{数年前……この世界にまた『女神』が降臨した}
{『女神』降臨儀式に必要な物は、人間の皮で作られた【魔皮紙】。そこに“自分の身体の一部”を置き、魔力を流すだけ──}
{それと同時に【神】は自身の意志を具現化するため、【使徒】を生み出した。……まぁ、僕達のことだけどさ。正直、めんどくさいよねぇ。いきなり選ばれて世界救えとか、冗談キツいって}
{そして──『女神』は、自身の願いを叶える代価として“他者の体”を要求してきた。願いと引き換えに、その肉体を差し出す者が現れたのさ}
{彼女がどんな想いでその契約を交わしたのか、僕にはわからない。でも確かなのは──その時点で『女神』は“この世界に肉体を得た”ということ}
{ただし──彼女の体は元から弱く、寿命も短かった。そこで『女神』は次にこう考える……「もっと完璧な身体を」と}
「ほーん、なるほどな」
クロエは腕を組みながら、やや身を乗り出してモニターを見つめる。
「つまり、『女神』ってのは“自分の身体を持たない何か”……ってことか」
その口調はどこまでも男勝りで、でもどこか鋭い。
{そして『女神』に、思ってもみなかった【好機】が訪れた──それが【勇者】召喚だった}
「【勇者】……すでに召喚されていたのか……」
アビの表情が曇り、奥歯を強く噛みしめる音が聞こえそうなほどだった。
{まぁ、アビの件はこの後じっくり話してもらうつもりさ。魔王の視点から語られる情報も、僕だけでは見えないことがあるからね}
「……」
{で──『女神』は、考えたんだよ。異世界から召喚される【勇者】達の中の一人……その構造と性質を“思い通り”に設計すれば、自分にふさわしい完璧な肉体を手に入れられるんじゃないかって}
{そうして『女神』は、生け贄として選ばれた人間のひとりに、自身の魂の一部を刻み込んだ。それにより、彼女は【神】の領域に踏み入れる資格を得たのさ}
{──そして、その“器”こそが}
パチン、と指を鳴らす音が響き、魔術式モニターにひとりの少女が映し出される。
光を集めたような金髪。見る者の心を奪うような整った顔立ち。まるでこの世の美を集めて編み上げたような少女──
{【アオイ』}
「なっ……!?」
アビの反応に対し、ルダが背もたれに凭れながら、まるで昔を思い出すようにゆるく笑う。
「ちっとは落ち着くさね、新入り。いちいちこいつの話に突っかかってたら日が暮れてしまうさね。すべて聞き終わってから、ゆっくり質問タイムといこうさね」
「くっ……アオイ……」
その名を口にしたアビの瞳には、警戒でも憎悪でもなく──複雑な、重みのある感情が滲んでいた。
そしてルダは静かにアビを見つめる。まるで、かつて自分も同じように──『アオイ』という存在を、殺すべき“異物”と見ていた時の自分に重ねるように。
{【アオイ』は【神】と『女神』──両方の力を継いだサラブレッド。だからこそ、『女神』はすぐにでもその身体に“入ろう”とした}
{でもね、【神】の防御が硬すぎて、外側からじゃ侵入できなかった。だから『女神』は考えたんだ。アオイ自身に、内側から“壊して”もらおうって}
{そこで『女神』は、自分の魂の欠片を【アオイ』の中に埋め込み、それを使って精神の内側から【神】のガードを破る計画を立てたのさ}
{──でも、足りなかったんだ。力が。だから『女神』は【アオイ』の“負の感情”をエネルギーに変換するよう、魂に細工を施した}
「つまり、あの時のアオイは……もう喰われた後だった、って事さね……」
ルダの目が細められる。彼女は、初めてアオイが異世界に現れた瞬間を思い返していた。
あの頃のアオイは、まるで魂の抜け殻──感情のない、空の人形のようだった。
ルダはその正体を悟る。【アオイ』の中の“何か”が、すでにエネルギーとして吸い上げられていたのだ。
{そして『女神』は、更なる負の感情を与えるために《人拐い》に命じて、アオイの馬車を襲わせた。結果、アオイは奴隷として売られたわけだけど──ここでね、両陣営にとって想定外が起こった}
神の使徒たちがざわめく。
イレギュラー──この言葉が、もっとも不釣り合いなのが【神】と『女神』という存在だ。
全能を自称するそれらに「予測外」などという概念があるなど、本来ありえないはずなのに。
{【アオイ』の中に──もう一人の『女神』が産まれてしまったんだよ}
「なっ……!? ま、まさか……!」
アビはその言葉に衝撃を受け、ついに立ち上がってしまった。
{ああ、やっぱり反応したね。君が出会ったのは、その“もう一人”の『女神』さ}
『女神』。ただでさえ絶対悪とされる存在が、この世界に“二柱”存在しているなど──正気の沙汰ではない。
{まぁまぁ、座って座って~。}
「驚きすぎて息が苦しくなるさね」
{この時点で生まれたもう一柱の『女神』──これを仮に【X』と名付けよう}
{【X』は【アオイ』の身体に気づかれぬよう呪いを仕込み、時には力を使いながら“自分の組織”を築き上げていた……どんな名前の組織かは知らないけど、まぁめんどくさい}
{すぐにでも【X』を消し去ろうとしたけど……その動きが妙だったんだよね。『女神』でありながら、【勇者】を助けたり……}
「……それで【神】は【X』を放置した……と?」
アビが眉をしかめながら呟く。
「もうええって!!」
クロエが椅子を蹴る勢いで立ち上がり叫ぶ。
「そのへんの“知ってる情報”で引っぱんな! 俺らが呼ばれたってことは、それを越えた話があんだろーが!? じゃなきゃマジでぶっ殺すぞコラァ!!」
ルコサは肩をすくめながら魔法の映像を一時停止させた。
{……えー、そんな殺伐とせんでも。ほら、アビたんの歓迎パーティーとか、ワイワイやる空気とか……}
「そういうのはこのあと酒とつまみ揃えてからやれ!!今は、俺らの知らねぇ情報を言え!!」
「……こわいさね」
ルダが笑って宥める。オリバルは静かに頷いている。
{はいはい……じゃあ、超・重大事項、いくよ……}
ルコサの声色が一瞬だけ真剣になった。
{──【X』が【神】と“同化”した}
「「「「……!?!?!?!?!?!?」」」」
空気が一変する。今度は全員が立ち上がる寸前だった。
{トリガーは……またしても“負の感情”だったと思う。たぶんだけどね、【X』はアオイの内側で【神】と融合して、今や【神】であり『女神』でもある、“新しい何か”になってしまった}
{……そのせいで、僕たちにも居場所が掴めなくなってる。今の【アオイ』の位置は誰にもわからない。……まるで本人が、見つけられたくないって思ってるみたいに}
「……」
アビは静かに拳を握る。ルダは目を閉じて黙った。
{どちらにしろ──【アオイ』が“味方”になるのか、“敵”になるのか……」
{【アオイ』次第}