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第331話 大人の魅力

 みんなが寝静まった深夜。

 廊下をコソコソと動く、小さな影が二つ……


 「この部屋ですっ」


 「え……ここって……」


 案内されたのは食堂。

 その一言だけで、ミイの胸がズキリと痛んだ。

 息が浅くなる。無意識に、足が止まっていた。


 ここには“アレ”がある。

 ユキが言っているのがそれじゃないことを、ただ祈りながら。


 「フッフッフ、ごはん作る所でお手伝いしてたら、たまたま見つけたです!」


 ユキは厨房へまっすぐ向かい、壁際の床をぺりっとめくった。


 その奥に現れたのは――地中トンネル。


 (……やっぱり……)


 あの穴は、まだ残っていた。


 「…………」


 「どうしました? ミイちゃん?」


 「あ……い、いや……すごーい! なにこれ!」


 引きつる笑顔でごまかす。

 声が、ちょっと震えていたかもしれない。


 「ふふん! そうですよそうですよ! この穴は、なんと外まで通じてるのです!」


 「う、うん……」


 ミイの視線が、トンネルの闇の奥に吸い込まれていく。

 そこは、かつて『小型ブルゼ』が侵入し、ネール先生が襲われた理由。

 そして自分が、エンジュに脅されて“秘密”を教えてしまった場所。


 ほんの一瞬だけ、胸の奥に冷たい針が刺さったような感覚が走る。


 「フードローブも持ってきましたです! ささ、行きますです!」


 無邪気に笑うユキの声に引き戻される。

 ミイはぎこちなくうなずいて、静かにフードローブを被った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「ここにあるはずなんですが……」


 深夜の町をフードローブで顔を隠し、ユキとミイは人目を避けてひたすら歩いた。

 すでに瓦礫は片づけられ、今はぽっかりと開いた空き地になっている。


 「……なにもない、ね?」


 広がる闇のなかには、ほんとうに何もなかった。

 ただ、魔法の浮遊文字で〈売地〉と浮かぶ看板がぽつんと立っているだけだ。


 「とりあえず、地図に描いてある場所までは行きますです!」


 「えぇ〜……もう帰ろうよ〜……」


 「なに言ってるんですか、ここまで来たらあとちょっとですです!」


 ユキは魔皮紙をしっかり持って、空き地の中へ入っていく。

 その背を見て、ミイも渋々あとに続いた。


 「……ここみたいです! うーん……スコップ持ってきた方がよかったですね〜」


 「手で掘るの……?」


 「しかたないですから!」


 「えぇ〜、バッチぃよぉ〜?」


 「いいんですっ!」


 二人はひざをついて、手で地面をかき分けはじめる。

 それからほんの数分——


 「……あっ、出ましたです!」


 ごそっ、と土が崩れた先に現れたのは、手のひらより少し大きい、

 でも、やけに豪華な金装飾が施された箱。


 「「!!??」」


 「ど、どどど、どうするです!? な、なにか出てきましたですっ!!」


 「おおお、落ち着いてユキちゃんっ、まずは深呼吸……し、深呼吸〜……!」


 「すぅ〜……はぁ〜……はぁ〜……はぁ〜……うっ」


 「ユキちゃん!? 吐くのばっかじゃダメだよぉ!?」


 暗闇の空き地で、ちっちゃな箱を囲んで大騒ぎ。

 二人とも、内心では「どうせ何も出てこないだろう」と思っていたのだ。

 ユキですら「ちょっと遊んだら帰るつもりだった」くらいのノリだった。


 それが、ほんとうに“何か”が出てきてしまった。


 それだけで、心臓がバクバクしてしまう。

 箱の中に何があるのかなんて、正直どうでもいい。

 ただ、宝の地図から本物の“発見”があったことが、二人にとってとびきりの冒険だったのだ。


 「……あ、あけるですよ」


 「う、うん……」


 ユキは震える指先で、そっと留め金を外す。


 カチャッ。


 その音は、夜の静寂にやけに大きく響いた。


 中にあったのは——


 「……魔皮紙?」


 それは、折りたたまれた二枚の古びた紙だった。

 宝石でもなく、金貨でもなく、魔法道具ですらない。


 「た、宝石とかじゃ……なかったです……」


 「……そうだね」


 二人はがっかりしたわけではない。

 でも、なんともいえない妙な空気がそこには残った。


 二人とも一枚ずつ、魔皮紙を手に取った。

 だが、それは宝石なんかより遥かに価値のある“何か”だった。


 「とりあえず……一緒に使ってみません?」


 「うん! いいよ!」


 子供の好奇心は止まらない。

 後先を考える前に、ユキとミイは同時に魔力を流した。


 次の瞬間——

 魔皮紙はぬるりと二人の掌に溶けていき、そのまま皮膚に染み込んでいく。


 「お、おおおおぉ……ひゃっ!?」


 「ゆ、ユキちゃん!? あっ……や、やんっ……!」


 二人の身体が光に包まれ、グンと伸びていった。

 腕が、脚が、胸元が、大人のそれに——


 「ふ、おふくが……です……っ」


 「ど、どうしよう……破れちゃった……」


 あまりの急激な成長に服は裂け、

 今の彼女たちは——裸に子供用のフードローブだけ。

 まるで“防災頭巾だけで隠した”みたいな奇妙な姿だった。


 「と、とりあえず戻りますです!」


 「う、うんっ……!」


 ユキは必死に魔皮紙が溶けた場所に再び魔力を流す。

 すると身体は元に戻り、ローブをまとった幼い姿へと変わった——が。


 「あ、あれ……? 魔皮紙が……でないです……?」


 「ほ、本当だ……ど、どうしよ……」


 魔皮紙は、もうどこにもなかった。

 完全に彼女たちの中に、取り込まれてしまったのだ。


 「て、手を洗えばなんとかなるですっ!」


 「そ、そうだねっ、か、帰っていっぱい洗お……」


 ——その時だった。


 「君達! そこで何をしてる!」


 凛とした声が暗闇に響く。

 ミクラルの見回り騎士だ。


 「ま、まずいです! にげるですっ! 捕まったら先生たちからものすごーーーく怒られるですー!!」


 「う、うんっ!」


 二人は裸足でトテトテと走り出す。

 だが——


 「こらっ!」


 「やーっ!!」


 子供と大人の速度差は歴然。

 ミイはあっさりと捕まってしまった。


 「ミイちゃん!」


 「ユキちゃん!私はいいから!」


 「そ、そんな!ミイちゃん!」


 騎士は困った顔で、必死に暴れるミイを押さえ込んでいた。


 「何を言ってるんだ……君たちを無事に家まで届け——」


 「ゴ、ゴホンっ!き、騎士サーん♡」


 「ん?な、なんだね君は!いつからそこに……!?」


 色っぽい声に反応して騎士が振り向いた先——そこには金髪で、小柄ながらも大人びたプロポーションの美女が立っていた。

 ローブを腰に巻いてスカート代わりにし、胸元は両手でかろうじて隠している。


 その正体は、ユキ。


 幼い少女がとっさの判断で繰り出した、悪知恵による変身劇である。


 「ふ、服を着なさいッ!」


 騎士は狼狽し、思わず目をぎゅっと閉じる。


 「そんなことよりぃ〜……その子を離してあげてぇ、です♡」


 ユキは“それっぽい”色っぽい声を作り、必死に誘惑モードを演出する。


 「き、君とこの子はどういう関係なんだ……?」


 目を閉じたままの騎士の混乱に乗じて、もう一人の悪知恵担当が動いた。


 「きしさんも、ぼ、僕と一緒におさおさおさんぽするぅ〜?」


 「え……な、なぁぁぁぁああ!!!?」


 騎士の手が違和感に気づき始め、少しだけ目を開いたその先——

 そこには、すらりとした長身と見事な胸元を持つ美女がもう一人。


 「な、なんだ……夢を見てるのか……?」


 騎士の思考はすでにパニック。視線は二人の美女に釘付けだった。


 そして、ここぞとばかりにユキが畳み掛ける。


 「そう、ゆめです、そう言うことにしといてくれなーいです……だから騎士さんはなにもみなかったです♡」


 「ぼくたちは夢の精霊だよ~まわれーみぎー」


 「あぁ……そうだな……いいもの見せてもらったし……そうするよ……子供じゃなければ、問題ないしな……」


 ユキの提案に、騎士はあっさり乗った。

 この処理しきれない混乱から、とにかく早く逃げ出したかったのだろう。

 顔を赤らめ、視線を泳がせながらフラフラとその場を立ち去っていった。


 「やったです!うまくいったです!」


 「すごいね!ほんとにうまくいった……!」


 二人は元の子供の姿に戻り、顔を見合わせてぴょんぴょんと跳ねながら喜び合う。


 「とにかく、もーかえるです!」


 「う、うん!帰っておふくとか着なきゃ……」


 そう言って、二人はローブをバサバサとはためかせ、来た道を全力で駆けていく。


 「そういえば、なんで『ぼく』だったんです?」


 「んー?だって、大人の女性だもん♪」


 ――そして、この夜を境に。


 ユキとミイは、魔皮紙から生まれた奇跡の魔法——【歳取り】を覚えた。


 彼女たちが辿り着いたのは、《ブールダ邸跡地》。

 ブールダはかつて、ルコサに会う前から“若返り”の研究に執心していた。

 だが、彼女が生み出せたのは奇跡ではなく……その逆、つまり“歳を取らせる”魔皮紙だったのだ──。

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