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第5章【魔王討伐編】

第333話 神の島

 《【神の島】》


 四年に一度――この場所に来るよう【調教】された【ユニコーン】が、グリード城まで私達を迎えに来る。

 そして今、私達はその【ユニコーン】に馬車を引かせ、《神の島》へと辿り着いた。


 「……着いたわね」


 サクラ女王はそっと目を閉じ、静かに息を吐く。

 車イスに魔力を流すと、ふわりと宙へ浮かび――タソガレが開いた馬車のドアを、ゆっくりと通り抜けていく。

 浮遊していた車イスが地面に触れた瞬間、霧が足元に絡みつくように揺れた。


 「ここが……伝説に語られる【神の島】……ですか?」


 付き添いの女性騎士が、不安そうにあたりを見回す。だが、視界はすぐに深い霧へと呑まれていく。


 「……私もここに来るのは初めて。伝承はあるけれど、確証なんてものはないわ」


 サクラ女王はそう答えながら、霧の奥に目を凝らす。

 ――しかし、2メートル先ですらまるで白布で覆われたように、何も見えない。


 「……これほどの霧……。まるで“神に選ばれた者”しか通す気がないみたいね」


 「……タソガレ……ここから先は、何があるか分からな……ゲホッ!」


 言いかけた言葉が、喉を焼くような咳に遮られた。

 そして次の瞬間――私は自らの意思とは無関係に、口元から鮮やかな紅を吐き出していた。


 「女王様!」


 すぐさま駆け寄るタソガレの声が、霧に反響して鈍く響く。


 「……だいじょうぶ……いつものことよ……少しすれば……おさまるから……」


 口元を袖で拭いながら、私はかすれた声で微笑んだ。

 ――この身体は、もう限界が近いのだ。


 私が患っているのは【魔力操遺感病】。

 この病は、年齢と共に高まる“魔力”に対して、それを操るための肉体機能が追いつかなくなるという……厄介なもの。


 本来、歳を重ねることで人間の魔力量は増していく。

 だが私の身体は、それを制御する機能を少しずつ失い――代わりに脳が無理やり魔力制御を引き受けようとする。

 結果、脳に過負荷がかかり、身体の各機能を次々と手放していく。


 足が動かなくなったのもそのせいだ。

 “歩く”という信号すら、今の私には【贅沢】だったのだろう……。


 「――神の島で血を流すのは、おやめください」


 不意に届いた、あまりにも静かな少年の声。

 空気すらも震わせないその言葉に、私はハッと振り返る。


 そこに立っていたのは――年端もいかぬ、しかし恐ろしく整った顔立ちをした“少年”だった。

 ヒラヒラと風に揺れる白い布服を身にまとい、肌は雪のように白く、目は……黒目だけしか存在しない。


 「なっ……貴様、何者だ!」


 タソガレが即座に剣を抜き、身構える。


 だが私は、全身を駆け抜ける寒気と共に確信していた。

 ――この存在は、“人間ではない”。


 「……待って、タソガレ。剣は……しまいなさい」


 「……女王様……」


 戸惑いを隠しきれない彼女に、私は首を振る。


 「……この者に敵意はない。少なくとも今は……」


 私の命令で、タソガレは剣をゆっくりと鞘へ戻す。


 「……あなたは、今ここが《神の島》だと言いましたね?」


 私の問いに、白い肌の少年は静かにうなずいた。


 「はい」


 「……私は、グリードの女王サクラ。先代――カバルト王は、もうこの世にはいません。今の王国会議には、私が出席します」


 自らの口で“父”の名を出すたび、胸の奥が軋むように痛む。

 例え、私が直接手を下していなかったとしても……この手は、【クーデター】という名のもとに『女神』と共に血を流した。

 “殺したのは私じゃない”――そう言い訳しても、私の中の『女神』は____


 「……わかりました。それでは、これに従って進んでください」


 白い少年が差し出したのは、奇妙な形をした【方位磁石】のようなものだった。


 「タソガレ、受け取って」


 「はい、女王様」


 タソガレが慎重にそれを受け取る。しばらくじっと見つめてから、眉をひそめた。


 「……北を指していませんね」


 「分かるの?」


 「私は騎士です。方角の見極め方は――太陽、星、影、魔力流、地熱、風圧……いくつも心得ております」


 「なるほど……」



 どうやら……この【方位磁石】は、“北”を指していないらしい。

 あの少年の態度からも、これは単なる道具ではない。


 「じゃあ……この先に、何が――」


 尋ねようとしたその瞬間、

 少年の姿はもう、霧の奥へと消えていた。


 「……行くわよ、タソガレ」


 「……はい」


 私の車イスを押しながら、タソガレは静かにうなずく。

 白霧の中、唯一の頼りは――手のひらにある“狂った方位磁石”だけ。



 それを頼りに車イスで進んでいく。




 「……あの子供、やっぱり人間じゃなかったわね」


 「はい。人の気配ではありませんでした」


 「なんだと思う?」


 「申し訳ありません、私の知識では答えられません」


 「……そう。だけど、私は確信したのよ」


 「確信……ですか?」


 「あなたは不思議に思ったことはない?

  【王国会議】……ただの話し合いなら、それぞれの王国で集まれば済む話よね?通信魔皮紙でもいい……それをわざわざ、“この島”に集まってまでやっている……何故かしら?」


 「それは……昔から決まっているからでは……?」


 「そう、【昔から】。何代も、何十代も前から――“当然のように”続けられているわ」


 「……」


 「人外の子供。見えない霧。北を指さない磁針。

  ――“ここ”でなければならない理由が、確実に存在する」


 そう口にした瞬間だった。


 視界が、唐突に――真っ白に染まった。


 「っ、これは!」


 「――転移魔法陣……っ!」


 辺りに浮かび上がる淡い魔方陣の光が、私たちを包み込む。

 そして、私とタソガレは……《神の島》の“本当の中心”へと転移したのだった。


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