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第334話 恋する三人

 目の前が真っ白に染まった直後――

 耳に届いたのは、静かな波のさざめきだった。


 霧がゆっくりと晴れ、次第に視界が開けてくる。


 「……どうやら、あれが本当の目的地みたいね」


 「その様ですね……【方位磁石】も、あの建物を指しています」


 視線の先に見えたのは、崖の上に聳え立つ一つの灯台。

 ――だが、それはあくまで“形だけ”。

 あの建築は、明らかに【灯台に見せかけた何か】だった。


 何故ここが集合場所と確信できたのか。

 それは――その【灯台の扉】の前に、二人の有名な【代表騎士】が並び立っていたから。


 「急ぎましょう。私達が一番最後の到着みたい」


 車イスを押すタソガレの手に、迷いはなかった。

 サクラ女王はそのまま静かに“灯台”へと進んでいく。


 そして――


 その前に立つ二人の騎士は、何も言わずにその場で跪いた。


 それは、他国の王に対する最上級の敬意。

 私に言葉をかけないのは礼儀。――ここでは、王は王として遇される。


 そして、この場に【各国の代表騎士】が揃っているということは――


 「……ここから先は、私ひとりで行かなくてはならないみたいね」


 「ですが、女王様。もし、万が一のことがあれば――」


 タソガレの声は静かだが、その奥には明らかな焦りがある。


 だが、サクラは笑って首を振った。


 「それは他の王たちも同じ条件よ。

  ――“ここから先は、王しか進めない”。そうなのよね? アバレーの代表騎士さん」


 そう言って視線を向けると、ローブに身を包み、仮面で顔を隠した人物が無感情に答えた。


 「その通りにございます、ですぞ。

  我ら騎士は、ここより先には“進む資格”を持ちませぬ、ですぞ」


 「そういうことよ。タソガレ――ここからは命令。あなたはここで待機なさい」


 「……了解しました。必ず、ここでお待ちしています」


 そして、跪く騎士たちの横を静かに通り過ぎ――

 私はタソガレに合図を送る。


 「……開けて」


 「はい、女王様」


 タソガレが重厚な扉の取っ手に手をかけ、静かにそれを押し開けた。


 「――お気をつけて」


 その声を背に、私はひとり“灯台の中”へと足を踏み入れる。


 ギィ……バタン。


 扉が閉じる音が背後で響いた。


 ――と同時に、空間が光に包まれた。


 「……これは」


 無数の【魔導灯】がふわりと宙に浮かび、灯台の内部全体を淡く照らし出している。

 だがその“光”は、どこか冷たい。人の手によるものではない“人工の静けさ”が支配していた。


 見上げた先にあるのは、天へと続くかのような果てしない螺旋階段。


 「……私の【魔力】、持つかしら……」


 私は車イスに魔力を流し込み、ゆっくりと浮かせる。

 魔力操遺感病に蝕まれたこの身体では、わずかな操作でも代償が大きい――けれど。


 「……やるしかないわね」


 サクラ女王は、ゆっくりと、確かな意志でその螺旋の階をのぼっていった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 《扉の前》


 二人の【代表騎士】は、女王が灯台の中へ入っていくのを見届けると、まるで何事もなかったかのように静かに立ち上がり、再び警備の体勢へと戻った。


 タソガレもまた、車イスの痕跡が消えた扉の前に立ち、周囲を鋭く見渡して警戒に入る。


 そのとき、ミクラルの【代表騎士】が近づいてきた。


 「――あの小僧はどうしたんだい」


 含みのある声。

 “あの小僧”とは【キール】のことだとすぐにわかる。


 タソガレは現在、代表騎士の【代行】を務めている。だがそれを公にしているわけではない。

 ミクラルの騎士からすれば、グリードの代表が変わったこと自体が“イレギュラー”なのだ。


 「【キール様】は現在、重要任務のため出席が叶いません。その代わりとして、私が出席いたしました」


 「ふぅん?《王国会議》よりも“重要な任務”だって? そりゃまた随分と、偉くなったもんだねぇ……」


 ミクラル代表の女騎士は、からかうように肩をすくめ、あからさまな皮肉を混ぜる。


 「……」


 タソガレは黙して応じない。感情を排し、ただ正面を見据える。


 「無言かい? つまらないねぇ……」


 しつこく食い下がるその女騎士は、次の瞬間、タソガレの“急所”をあえて突いた。


 「ま、いいさ。そもそも《王国会議》にすら顔を出せないなんて――やっぱり“ヒヨッ子”はヒヨッ子ってことだ。

 仕事を溜めて逃げてるんじゃないの? やっぱり代表騎士の器じゃなかったね、あの子は」


 「【キール様】は――決して、ヒヨッ子でも、役立たずでも、ありません!!」


 声が漏れた。感情が乗っていた。


 「……!」


 しまった、と気づいたときにはもう遅い。

 タソガレはすぐに無表情へと戻したが――ミクラルの代表騎士は、ニヤリと唇を歪める。


 「おやおや、今の顔……へぇ?」


 「わ、私はキール様を騎士として尊敬しているので」


 「隠さなくてもいいじゃないか、あんた、あのヒヨッ子に惚れてるね?」


 タソガレは図星を突かれたものの、なんとか平静を装おうとした。

 ――だが、相手はミクラル王国の代表騎士。

 日頃から魔物の視線や一瞬の動きを見抜く、その道のスペシャリストだ。


 当然、その動揺は見抜かれていた。


 「はっはっは!そうかそうかい、あたしは悪いことを言ってしまったね」


 「......」


 「確かに、惚れてる男を悪く言われたら反論してしまう物さ、前のあたしなら解らなかっただろうけど、今のあたしなら解るよ」


 「......」


 「気に入った!あたしも【ある男】に恋しててね、その男は無口だが芯がしっかりしていて強い男だ、ついこの間も休暇中に仕事をしていたら会ってね、その時は運命だと思ったくらいだ、今、何をしてるかいつも考えてしまうよ」


 「......」


 タソガレは無視をするが、ミクラル代表__ナオミはご機嫌に話し出す。


 「アンタとあたしは似てるね」


 「……」


 「女だって事で馬鹿にされたくないのと、振り向いてほしい男が居る、そうだろ?」


 「っ」


 「やっぱりね____この気持ちがわかるかい?アバレーの代表騎士さん」


 アバレーの代表騎士――

 彼は常に仮面をつけ、全身をローブで包み隠している。

 その素顔を見た者は、アバレー国内ですら存在しない。


 素性、経歴、そして過去。

 すべてが謎に包まれた男――だが。


 「恋とは……良いものですぞ」


 「ほう?」


 彼もまた、恋をする男だった。


 「ですが__」


 和やかな雰囲気、だが、次の言葉は自ら地雷を踏んでるとしか思えない発言だった。


 「私の恋の相手は貴様みたいに“男か女かわからない生物”でもなく、そこの“無表情出来てない事がバレてるのに貫き通してるバカ”と違って完璧で美しい女ですぞ」


 「あぁ?」


 「聞き捨てなりませんね、その発言」



 「表情というのは、“作る”ものではなく、自然と“出る”ものですぞ。

 無表情ですら、感情の結果として生まれる“ひとつの表情”なのですぞ。


 ですが――貴様のそれは違う。

 作り物の無表情……つまり、“感情を隠そうとして意図的に作った顔”だ。


 だから我々のような者から見れば、すぐに見抜けてしまうのですぞ。」


 「......」


 「ほら、今も――わたしにそう言われて、表情が少し崩れたですぞ。

 何があったのかは知りませんが……感情を読み取られたくないのなら、わたしのように仮面をつけることですぞ」


 「…………考えておきます」


 タソガレは、それ以上話を続ければ自分のボロが出そうだと察し、そこで会話を切り上げた。


 「――で? あたしのこと、女か男かわからない生き物だって?」


 ナオミは、ピキピキと浮かぶ血管と共に、怒りをあらわにした表情で指を鳴らしながら、アバレーの代表に問い詰めた。


 「真実を言われて怒るのは――みっともないですぞ」


 「はぁ!? ……っのヤロ……!」


 ナオミが殴りかかろうと一歩踏み出す、その直前。


 「だが――」


 仮面の騎士は静かに言葉を継いだ。


 「前に会ったときより、肌の艶が増している。

 さらに、かつての古傷も魔法治療で綺麗に消されているのが見て取れるですぞ。

 ……恋とは、己を変える力を持つ。

 貴様が誰に恋をしたかは知らんが――その相手に振り向いてもらう努力をしていること、私は認めますぞ」


 「……そ、そうかい……」


 ナオミはその言葉に、怒りを静めた。

 ――気づけばここに集った三人。偶然とはいえ、全員が“恋する者たち”だったのだ。



 「......」


 「......」


 「......」


 三人ともまた無言になるがそれぞれ心の中で何を考えてるのやら......




 そのまま、時間は過ぎていき____




 「――おや?」


 ナオミがふと顔を上げた。

 遠くの空間から、まだ見えぬ“何か”の気配を察知し、静かに武器を構える。


 「……誰か、来たようだね」


 「……あれは……人間、か?」


 その視線の先――白い小さな点が、こちらへと向かってくる。

 やがて、それは徐々に輪郭を持ち始めた。


 タソガレも同時に警戒態勢に入り、武器を手に取る。だが――


 「……あいつは――ほう、久しぶりだね」


 ナオミが、ふっと力を抜いて武器を下ろした。


 「知り合い……ですか?」


 「ちょっとした、ね」


 やがて現れたのは――

 白く、艶やかな長い髪を風になびかせながら歩く、一人の『少女』だった。


 「あんた、リュウトのパーティーに居た『みや』だね?」


 「ぅんっ、久しぶりっ」


 みやはニコッと笑顔で答えると、蛇の紋章を片目に浮かび上がらせ。











 「ちょっと中に用があるからっ、通してもらうねっ」



















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