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第335話 どういうこと?

 「まったく……この建物、バリアフリーって言葉、知らないのかしらね」


 長く果てしない螺旋階段――

 休憩を挟みつつ、文字通り“血反吐を吐きながら”車イスでなんとか登りきった先にあったのは、

 拍子抜けするほど普通の、小さなドアだった。


 「…………」


 ドアノブをゆっくりと回す。

 ギィ……という音と共に扉を開けて中へ足を踏み入れると――


 「……なに、これ」


 部屋の中央には、淡い光を放つ青い球体が宙に浮かび、

 その周囲を取り囲むように12の椅子が配置されていた。


 ――まるで、私たち以外にも誰かが来る前提で設けられたかのように。


 「遅かったですな、サクラ女王」


 「……アレン国王?」


 声のする方へ振り返ると、入ってきた扉の脇に立っていたのは――

 ミクラル王国の国王、アレン。

 今日は白い髭をたくわえ、しわに包まれた老いた姿となっている。


 そしてその隣には――アバレー王国の女王の姿があった。


 「此処で妾たちは待つんじゃ」


 「愛染の女王様……お初にお目にかかります」


 「ぬかせ。何が“初”じゃ。妾とお主は――」


 「私が《女王》になってからは、お初です」


 「……ふん」


 私も二人の国王の隣へと、車イスを静かに移動させる。


 ――おかしい。

 本来なら、ここに集った三人こそがこの会議の中心のはず。

 それぞれの国家のトップが揃っている。それなのに、なぜ皆、立ったままなのか。


 「…………」


 「…………」


 「…………」


 ……違和感。

 これで“揃った”はずなのに、誰も口を開こうとしない。


 ――まるで、“誰か”を待っているかのように。


 「あの……」


 私が口を開こうとしたその瞬間――

 アバレーの女王、愛染の女王が手を挙げて制した。


 「黙っておれ。妾たちは、この場では必要最低限の会話しか許されぬ。

 ……もっとも、お主は“何も知らぬ”じゃろうがの」


 「サクラ女王、あなたは……カバルト国王から、何も聞かされていなかったのですか?」


 「……はい」


 「ふむ……妙なことですな。

 本来、このことは“王位を継ぐ際に必ず伝えられる”はずなのですが……」


 ――そう。

 私は“聞いていない”。

 あんな別れ方になってしまったから……結局、何も。


 私はそのまま、静かに口を閉ざし、再び沈黙の中へ身を預けた。


 そして――


 「……!?」


 「フン、どれほど待とうと――他に誰か来るとでも思ったか? 愚かな人間どもよ」


 いつの間に――!?


 私たちが見つめていた円卓の一番手前。

 そこに、まるで“最初からいた”かのように、

 黄金と紫の鎧をまとい、黒髪に色白の男がつまらなそうにこちらを見下ろしていた。


 「…………」


 その眼差しは、虫けらでも見るかのように冷たい。


 「よくもまあ……この“我”を前にして、平然と頭を上げていられたものだな?」


 「っ!?」


 気づけば、隣にいた二人――愛染の女王も、アレン国王も、

 土下座のように、神にすがるように、深々と頭を垂れていた。


 私たちは【国王】だ。

 この世界において、最も頂点に立つはずの者たち。


 ……なのに。

 この男には、二人とも頭を下げている――!?


 ど、どういうこと……!?

 この男は――いったい何者……!?


 「し、失礼しました……! なんせ、今日から――」


 「俺が“話していい”と言うまで、貴様は口を開くな。……出来損ないが」


 「っ……!」


 「それと――この場に、そんな不敬なモノを持ち込むとは、正気か?」


 瞬間、私の乗っていた車イスが“何か”に持ち上げられる。


 「……えっ――きゃっ!」


 私は床に放り出され、尻もちをついた。

 目の前で、車イスが音を立てて――


 バキバキッ……ギチィ……ッ


 無数の見えない力に潰され、捻じ曲げられ、

 その金属はやがて、拳ほどの大きさの“鉄の球”となって床を転がった。


 その無惨な球を見下ろし、彼は冷たく吐き捨てる。


 「身の程を知れ。

 この座に集う資格すら、貴様にはないのだ」


 「…………」


 私は、必死に声を出すまいと堪えていた。

 ダメ……口を開いたら、きっと“次”は――


 ――誰? この人は。

 何が起きてるの? なんで……どうして……?


 疑問が次々と頭を渦巻く。

 でも、ひとつだけ――はっきりわかることがある。


 ――私たち《国の最高責任者》ですら、この男の“下”にいる。


 私は、他の二人と同じように、ゆっくりと地に膝をつき、頭を垂れた。


 「……ようやく分かったか」

 「今回は、そこの出来損ないが“初”だということで――殺すのは許してやろう」


 「…………っ」


 口に出すことすらできない屈辱と恐怖。


 「さて――」

 「俺が、わざわざこんな辺境の会合にまで“出向いてやった”理由。貴様ら、わかるか?」


 ギリッ……と音がしそうなほどの圧。

 その場にいた愛染の女王が指名され、頭を下げたまま震える声で返す。


 「……わ、妾には……分かりません」


 ちらりと隣を見ると、愛染の女王は額から尋常ではないほどの汗を流していた。

 まるで“死の宣告”を受けた者のように。


 「……ほう?」


 頭上から、あの男が――ゆっくりと近づいてくる気配がした。

 まるで音もなく、死神が足音を忍ばせるように。


 その足が止まったと思った瞬間。

 ザッと、愛染の女王の赤い髪が男の手に掴まれ、乱暴に引き上げられる。


 「っ……!」


 苦悶の表情を浮かべる愛染の女王。だが、男は一切気に留める様子もなく、

 まるで石ころでも持ち上げるように、そのまま口を開いた。


 そして、次の一言――


 私にとって、決して聞き捨てならない言葉が、冷たく投げつけられた。




 「……“貴様の国を管理していた”【ジェミニ】が死んだ」

 「――この意味が、貴様にわからぬはずがあるまい?」

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