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第337話 魔王の存在

 ――転移魔法!?

 しかも、今の魔法陣……あれは“事前に仕込まれたもの”じゃない。

 あの男が――その場で、個人の魔力だけで発動させた……!



 転移された先の空間は、異質だった。

 壁も、床も、天井すらも、すべてが白く発光している。

 ドアもない。窓もない。家具も影もない。


 ただ、光と無機質な空間――それだけ。




 「お主は!?」


 「どういうことだ、ここは……!」


 「っ……! ………………………………お……父……様……?」




 振り返った先にいたのは――紛れもなく、カバルト国王。


 死んだはずの、私の父。

 すべてを終えたはずの、私の王。

 なのに今――ここにいる。




 「……久しぶりだな、サクラよ」




 まるで、懐かしき挨拶のように。

 けれど、私の頭の中では警報が鳴り続けていた。




 ――どうして?

 どうしてお父様がここにいるの?

 私は、私は確かに……“あの時”……!




 もう思考がぐちゃぐちゃで、脳が追いつかない。

 さっきから情報量が多すぎて、考えれば考えるほど、知恵熱が出る!


 「カバルトおおぉッ!!」


 「アレン国王!?」




 アレン国王は、カバルトの姿を見るなりその場で吠えるように叫び――

 次の瞬間、彼の身体が若々しい筋肉質の青年の姿へと変貌し、その手が父の胸ぐらを掴んだ。




 「貴様……! 分かっているのかッ!?」

 「――【勇者召喚】が、何を意味するかを!!」




 空気がピリピリと震える程のアレン国王の怒声。


 だが――


 「………………」


 父は、なにも言わなかった。

 怒りに晒されても、責められても、ただ静かに目を伏せたままだ。


 「貴様……まさか……!――自分の娘の命を天秤にかけて、勇者を呼んだというのかッ!?」




 ……え?


 思考が、止まった。


 「……お父様……?」


 私は震える声で問う。


 「……どういうことなんですか……!? 本当なんですか……?」




 だが、父は何も言わなかった。

 その口は固く閉ざされ、目すら合わせてこない。




 「答えてよ!!」




 私の叫びが響いたそのとき――


 「落ち着くんじゃ、小娘」




 声を割って入ったのは、愛染の女王だった。


 「そやつには後で、たっぷりと吐いてもらう……じゃが、今は話を整理せんことには始まらん」


 そう言うと彼女は私の隣に座る。


 「よいしょっと。失礼するぞよ」




 「……」


 私は返す言葉もなく、ただ隣に座る彼女を見つめた。




 「どうした? ソナタたちも座るとどうじゃ?国王が地べたに座るなど、ここでしか味わえぬ場面じゃろ? ……ま、今のグリードの国王はこの小娘じゃがの」




 「……チッ」


 アレン国王は舌打ち一つ、カバルトを睨みながらもその場に腰を下ろす。


 「貴様も座れ」




 「…………」


 父も、無言のままゆっくりと腰を下ろした。




 こうして――


 現役の国王が三人。そして元国王が一人。

 全員が地べたに座り、白い空間で向かい合うという、なんとも異様な光景が出来上がった。


 ……まぁ、私は立てないから、最初から座っていたんだけれど。


 「――さて、まずは小娘への引き継ぎじゃな」


 白い空間に、愛染の女王の声が柔らかく響く。

 だがその裏には、王としての威厳がにじんでいた。


 「……カバルトよ。お前が話せ」

 「妾たちは、嘘がないか耳をすませておる。……あとで何を問われても、すべて正直に答えるのじゃぞ」




 「…………娘よ」


 お父様――カバルト国王が、私にそう呼びかけた。




 ……奇妙だった。

 私の手で、確かに殺したはずの人。

 けれど目の前の“お父様”は、怒るでも、責めるでもなく――ただ昔と変わらぬ、あの穏やかな声で話しかけてくる。


 これは……本物なのか?

 私の知る、あの優しい父と――同じ人?




 「はい、お父様」


 「……今から話すことは、すべて“真実”じゃ」


 「……はい」




 「まず、お前は“魔王”というものを、どう捉えている?」


 「魔王……ですか」


 私は少しだけ考えてから、今まで学んできた知識を口にした。




 「いくつかの説がありますが、どれも共通して――

 “かつて【勇者】や【神】によって封印され、今もどこかで眠っている存在”。

 それと、すべての魔物を統べる王であり、

 その魔力は――一国を吹き飛ばすほどだとも言われています」




 「……そうじゃ。お前が知っているそれは、“公に広まっている情報”だ」

 「だがな――そこには、ひとつだけ“大きな嘘”がある」


 「う、嘘……?」




 お父様の声色は変わらない。

 だが、その言葉の一つ一つが、まるで心の奥に杭を打ち込むように重い。


 そして――


 「――魔王は、大昔から“封印”などされてはおらん」

 「魔王……いや、“魔王様方”は、遥か昔より我ら人間を――管理してくださっているのだ」




 「っ……!!?!」




 思考が、一瞬で吹き飛んだ。


 管理……

 あのとき――あの男が言っていた言葉が、脳裏によみがえる。


 『貴様の国を管理していた【ジェミニ】が死んだ』




 あれが、“魔王”……?

 しかも、父は今――“達”と言った。




 「ま、魔王は……ひとりじゃない……?」




 「――そうだ」




 その一言が落ちた瞬間、

 私の身体に、まるで雷が直撃したような衝撃が走った。




 全身の神経が一斉に緊張し、脳が一瞬“停電”する。

 世界が、真っ白になる――




 「ヒュッ……ヒュッ……ヒュ、ッ……!」




 呼吸がうまくできない。肺が、働いてくれない。

 息の仕方すら忘れてしまうほどの情報の重圧に、私は完全に押し潰されかけていた。




 「ほぉ……こやつ、息の仕方すら忘れるくらいの衝撃だったらしいのぅ」

 愛染の女王が、どこか楽しそうに呟く。




 「……落ち着け、娘よ」


 父の声が優しく響いた。




 落ち着け……落ち着くのよ、私……

 自分にそう言い聞かせながらも、心は嵐の中にいた。




 ――“根本を理解していない”


 あの男の言葉が、今なら分かる。

 彼が見ていた視座、彼が言っていた“根本”とは――


 私たち人間は、最初から最上位などではなかったのだ。


 「……だ、大丈夫です……お父様」

 「続きを……どうぞ」




 父はゆっくりと頷き、口を開いた。


 「――あの部屋の、青い球体を見たな?」




 青い球体……そう、先程の部屋。

 中央に浮かんでいた、大きくて透明な――あの不思議な存在。




 「はい……見ました」




 「――あれは、この世界の“形”だ」


 「……世界の、形……?」




 思わず聞き返していた。

 世界の形? あの球体が? 一体どういう意味なの……?




 「――あの球体にはな、土地、海、森……そして“領土”――この世界のすべてが記されておる。

 あれは、“世界そのものの地図”なのだ」




 「っ……え!?」




 まさか。そんなものが……

 でも――父の目は、冗談など一切含まれていなかった。




 「そして――この世界には、もはや我ら“人間の領土”など存在しない」




 「っ……!? ど、どういうことですかそれ……!」

 「だって、私たちは……《開拓》で、人類の未来を切り開いて――!」




 「そう。だが――どうして“上位冒険者”の数が、あまりに少ないと思う?」




 父は静かに、しかし確実に言葉を突き立てる。




 「《開拓》で“真実”を知った冒険者はな――

 そのまま“魔王様”や、“その民”の――餌にされていたのだ」




 「そ、そんな……っ」




 言葉が、喉で止まった。

 何も言えなかった。いや、言葉を紡げる精神が残っていなかった。




 「人間の力なぞ――魔王様方にとっては、取るに足らぬもの。

 それゆえに、我らは……決して逆らってはならぬのだ」




 「………………」




 心が、沈む。

 感情が、剥がれていく。




 【私たちは、どこまで行っても“支配される側”なのだ】




 過去も、現在も――そして未来も。

 “自由”など、初めから存在しなかった。



 「えっ……“餌”って……どういう意味……?」


 「それは……」


 お父様――カバルト国王が、初めて言葉に詰まる。

 口を開きかけて、何かを飲み込むように、黙り込んだ。




 その沈黙を、代わりに破ったのは――愛染の女王だった。




 「……魔王様たちの民――つまり、“魔族”の話になるんじゃ」


 「魔族……?」


 「そうじゃ……魔族じゃ」

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