目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第339話  【アオイ』のご挨拶♪

 『ふーん、大体話はわかったわ』


 「サクラ……?」


 目の色が、変わった。

 ――深紅に。


 空気が変わった。何かが“切り替わった”のだ。

 その場にいる全員が、それを直感で理解した。




 『お父様ぁ……♪ 私のために【勇者】を召喚してくださって……ありがとうございまぁす♡』




 「………………?」


 カバルト王が目を見開く。

 ――“娘”のはずの彼女から、まるで“別の存在”の声が響いていた。




 『ふふ、ほんっと親バカなんだから♪』


 サクラ女王は、笑う。

 ひどく無邪気に、ひどく狂ったように。




 『なるほどなるほど……ふふっ、そういうことねぇ?』


 赤い瞳で、部屋の全員を見回すと。




 『――気づいてるんでしょ?』




 『もうあなたのターンは終わり。ここから先は……見ちゃ、ダ・メ・よ♡』


__________



______



____




「知識とは毒だ――それを喰らった瞬間、己の過去も現在も未来すらも、全てが別物へと変貌する。無知は恥だが、時にそれは……幸福と同義でもあるのだろうな」






 魔神は頬杖をついたまま、ゆっくりとその瞳を閉じた。


 手には、一枚の魔皮紙。

 それはまるで血で濡れたかのように――真紅に染まっていた。




 「……さて。あの出来損ないも、ようやく“根本”を理解したか」

 「ならば、そろそろ《答え》を――」




 ピタリ、と。

 言葉が止まる。




 「…………誰だ。そこにいるのは?」




 魔神は後ろを振り向かないまま、問いかけた。


 ――この部屋には、“本来”なら一人しかいないはずだ。

 ここは【魔王の間】。十二の玉座、その全てが空席。

 座しているのは、ただ一人――魔神のみ。




 だが、その声は確かに――“そこ”にいた。




 「さすがっ【魔神】の座を獲っただけのことは、あるねっ」




 艶やかな白髪。

 透き通るような肌に、整った少女の顔立ち。

 そして、その瞳には――赤い蛇の紋章が、ゆらりと揺れていた。


 「フッ……久しいな、“みや”。貴様など、とっくに滅びたものと思っていたがな」


 「ぁぃにくっ、わたしは……しぶといのっ」


 「俺を殺しに来たのか? この“座”を奪うつもりで」


 魔神は静かに立ち上がり、ゆっくりと振り返る。


 だが——


 「ざんねんだけど、ゎたしはもぅ……その座に興味なぃのっ」


 「……ほう?」


 魔神の眉が僅かに動く。

 だが、“みや”は逸らさず、まっすぐその瞳を見返した。


 「せかぃも、ちからも、ましんも、なにもかも……どぅでもぃぃの、リュウトさぇ、いれば——それでいぃのっ」



 その言葉を聞いた魔神は、堪えきれずに哄笑を上げた。


 「ククク……ハーハッハッハ!これは傑作だ!人間に恋をした『魔王』とはな!まったく、滑稽にもほどがある!」


 笑いながら、魔神の双眸がじり、と少女を貫く。


 「その身体が“人の形”で良かったな。貴様の本当の、醜悪な姿を見て――そいつは果たして、同じ言葉を返せるか?」


 「リュウトは……それでも、わたしを仲間として見てくれるっ!」


 「……ほぅ。俄然、その人間に興味が湧いた。化け物を“仲間”と呼ぶ愚か者か、それとも――化け物さえ従える器か」


 「リュウトは、馬鹿じゃなぃっ……!」


 みやの声がかすれながらもまっすぐ響く。


 魔神は、ふんと鼻を鳴らした。


 「ならば問おう。俺を倒す気も、魔神の座を求める気もない……貴様がここに現れた目的は、何だ?」


 「【ある人】からの――ぁいさつっ」


 「ほう?一体、誰のだ?」


 その瞬間。


 発動されていないはずの転移魔法陣が、魔神の背後で唐突に光を帯び、動き出した。


 「……来たか」


 転移が終わると同時に現れたのは、国王たち四人。そして――その中心に、サクラ女王が“立っていた”。


 『あらあら、ひとり増えてるじゃない?』


 魔神が即座に反応する。

 その指先から、音を裂くような圧縮された空気の弾が放たれ――サクラ女王の足を狙う。


 『キャハッ♡あっぶな~い♪』


 発射された弾丸は、彼女の肌に届く寸前で魔法陣のバリアにより霧散し、虚空に溶けた。


 『せっかくレディが立ってあげたのよ? もっと驚いてくれなきゃ、つまんな~い♡』


 「……フン。久しいな、『女神』」


 その名が発せられても、周囲の国王たちに反応はない。

 否――よく見れば、その瞳は微かに濁っており、虚ろで焦点が合っていない。


 まるで、感情も意思も――どこか別の場所にあるかのように。


 魔神は小さく舌打ちし、状況を即座に見切った。


 「貴様……ついに“自分で舞台に降りた”か……」


 女神は、嗤う。


 『ピンポ~ン♡ピンポン♡ピンポン♡ 正解っ♪ 時間が惜しかったから軽~くしか呪いかけられなかったけど、これからはこの子たち……私の“オモチャ”として、いーっぱい遊ばせてもらうつもりよ♡』


 彼女は子供のような声色で、まるでおままごとの延長のように口にする。


 『それにしても、本当に……よくできましたぁ♪ えらいえらい♡ ナデナデしてあげよっか? 昔みたいにぃ、ねぇ?』


 「――黙れ」


 その低く、鋭く、張り詰めた声が放たれた瞬間、

 空気が張りつめ、空間がピシリと軋む。


 『きゃはははっ! 「黙れ」だって! 聞いた!? 聞いたお父様っ!? ウケるぅ~~~♡』


 女神は背筋を反らしながら、胸を抱えて笑い出す。


 『は~っ♡ 最高に愉快だわぁ……神に向かって、その口のきき方ぁ♡ ねぇ、魔神クン? 今の自分が、何に“逆らってる”かわかってる?』


 その声に呼応するように、

 女神と魔神、双方から放たれる魔力が空間そのものを軋ませ、世界の理すら歪めていく。


 そんな凄まじい圧の中に――


 ひとつだけ、小さな震える声が割って入った。


 「ぉ、ぉ久しぶりですっ……主様……」


 場違いとも言えるその声には、はっきりと“畏れ”が滲んでいた。


 『ん~?』


 女神は“みや”をまっすぐに見つめた。

 その視線が、彼女の目に宿る“蛇の紋章”に吸い寄せられるように留まる。


 『あ……まさかニョロニョロちゃん?』


 「は、はぃ……」


 『うっそ~♡ 懐かしすぎるぅ♪ 元気だった~? キャハハッ♡』


 女神は無邪気に手を振り、にこにこと笑う。

 だがその笑顔のまま、次の瞬間――


 “みやの首”が、何かに絞め上げられる。


 「ッ……ぐ……!!」


 それは見えない“手”による首締めだった。

 魔力による、触れない拷問。


 『……あんたさぁ……マジで、何なの?』


 声が――変わった。


 冷たく、静かで、酷く理不尽で。


 『折角、わたしが“特別”に力を分けてあげたってのに、やることって言ったら――

 弱っちい人間とか、しょうもない魔物相手にイキって遊んで……

 いざ本当に“強いヤツ”が来たら速攻で死んで、のこのこ戻ってきてさぁ……』


 女神はクスクスと笑いながら、みやに顔を近づける。

 その眼は“光”を持たない深淵。


 『ねぇ……殺されに来たの?』


 「……ッ……!」


 『う~~ん♡ どうしよっかなぁ……この目ん玉ぐりぐりして潰してから、奥の視神経をズルッと引っ張って抜いちゃおっか♡ あ、でも先に片耳ちぎるのもアリかも♪ ねぇねぇ、どれがいい? 選ばせてあげよっか?♪』



 体験として身に覚えがある言葉を投げかけられ、みやの肩がビクリと跳ねる。

 ――脂汗が首筋を伝う。

 震える手で胸元を握りしめるようにしながら、彼女は喉を詰まらせるように言葉を漏らした。


 「や、……っぱり……考えっ、が……同じ」


 『考えが同じ?』


 女神は不快げに笑うと、かけていた拘束魔法を解いた。

 全身に走っていた痺れが抜け、みやは床に手をつく。


 「カ、ハ……っ、はぁ……はぁ……」


 「ふふ……どうやら、全知全能を気取る貴様でも“知らない”ことがあるらしいな」


 『黙りなさい♪ ピーピー泣いてたチビが調子にのるな♪』


 「貴様っ……!」


 みやは顔を上げ、必死に視線を逸らさぬよう踏ん張る。

 そして、震える手で懐から一枚の魔皮紙を取り出した。


 「……私は、ただ……【あの方』の言伝を届けに来ただけですっ」


 魔力を通す。

 瞬間、魔皮紙がビィィン……と低い振動音と共に光を放ち、空中に映像を映し出す。


 女神が目を細め、魔神の周囲の空気が静止する中――


 モニターの先に、姿を現したのは。




 {【ご機嫌よう♪ 魔王の神様♪ そして……初めまして、“お母様”♪』}


 どこかの家の居間のような場所。

 木の椅子に足を組んで座り、カメラ越しにこちらを見つめながら微笑んでいる。


 {【キャハッ♪』}


 【アオイ』だった。


 その笑顔は不気味で、そして美しかった。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?