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第344話 《モロシイタケ》ゲット

 「僕を――女として見ないでください」




 アオイは、空気が悪くなることを覚悟のうえで、その一言を口にした。

 けれど――




 「あ、ご、ごめんッチュ。今後気をつけるッチュ……」




 返ってきた返事は、あっさりとしていた。

 むしろ、予想していたような気まずさや驚きはまるでなくて。




 ……それもそのはずだった。




 冒険者という職業柄、性別以上に“強さ”が重視される世界。

 実力のある女性冒険者は少なくないし、むしろ「女性扱いしない」ことこそが礼儀であるという空気も、実のところ根付いている。




 だが、チュー太郎たちがアオイに対してつい女性扱いをしてしまったのは――

 彼女が“あまりにも”女性らしく見えすぎてしまったからに他ならなかった。




 「う、うん……えっと、そ、そういえば!あの、《モロシイタケ》ってどこにあるんですか?」




 拍子抜けするほどあっさりした反応に、アオイは思わず話題を逸らした。

 照れ隠しのように、声が少し上ずっていた。


 「それはッチュねぇ、もう少し歩いたらわかるッチュ」


 そのまま、特に会話もせずに二十数分ほど沼道を進んでいくと――


 「ウッシ! 居たウッシ!」


 ウシ沢が沼の向こうを指さす。そこには、カバのような図体に、猪のような立派な二本の牙をはやした魔物が、ぬったりと水辺に現れた。


 「あれは……どこにでもいる【沼豚】だよね?」


 アオイも冒険者になってから何度か見かけたことのある、草食性の魔物だった。


 「そうっチュ。でもね、ここの個体の主食は《モロシイタケ》ッチュ。つまり――あいつがいる場所の近くには、モロシイタケが生えてる可能性が高いッチュよ」


 「なるほど……ちなみにだけど、その【沼豚】って、狩ったりするんですか?」


 本来、冒険者たちは道中の食料確保のため、草食魔物を一匹は狩るのが通例だったが――


 「(……俺、魔物が狩られるところ、あんまり見たくないんだよな)」


 アオイはふと、目を伏せた。


 「あぁ……噂には聞いてるッチュ。とりあえず食材は、また君の見ていないところで取ってくるっチュ。だから、噂の料理をお願いするッチュ」


 「ごめんなさい」


 ――冒険者で魔物が倒せないなんて、なんで冒険者をやってるんだ、って思われるかもしれないけど……


 「(毎回これを言うとき、心が痛むなぁ。でもこの職業しかやれないんだよぉ俺)」


 異世界に“途中から”やってきたアオイにとって、他の職業はなかった。

 それに、


 「(下手に“アドベンチャー科”を卒業したことになってるから、他の職業より冒険者をすすめられるんだよなぁ、いつも)」


 ギルドカードを作ったとき、なぜか“モルノスクール”を卒業していたことになっていた。

 一体、【誰がそんな事をしたのか、そのせいで必然的に冒険者になるしかなかった』。


 「いいっチュ。それに、あいつはこっちが襲わない限りは襲ってこないッチュ。とりあえず、このエリア周辺をくまなく探すっチュよ〜!」


 「はーい」  


 それぞれが沼の中で手分けして探しはじめる。

 倒れた木、じめじめと湿った苔地、岩陰にできたちいさな影……。


 その中でアオイは、三人がこちらを見ていないのを確認すると、すっと沼の水面に手を差し入れた。


 「ほい、【武器召喚』」


 【糸』は地面を這うように、まるで木の根のように静かに広がっていく。

 その探査範囲はおよそ十キロ四方。

 派手さはないが、抜群に効率的だった。


 「なるほど、近くにあるな……でも……」


 《モロシイタケ》がある場所は、【沼豚】の巣のようだった。

 ぬかるんだ地面に倒れた木、その隙間の奥に、件のキノコは群生している。

 そのすぐ手前では、【沼豚】が半身を泥に沈めて、ぐぅぐぅと寝息を立てていた。


 「(……あれ、巣なんだろうな。だとしたら……少しだけ、もらうよ)」


 アオイの【糸』はそっと【沼豚】の体内に入り込み、【起きれないようにした』。

 無理に近づく必要はなかったが、あくまで“自然に行動しているフリ”をしなければならない。


 三人に魔法の存在を悟られぬよう、アオイはわざと忍び足で、ゆっくりとその倒木のほうへ歩き出した。


 「トラ!?」


 最初に気づいたのはトラ五郎だった。

 他の二人もすぐに状況を察したが――誰も声を上げることができなかった。


 アオイはすでに【沼豚】のすぐ横まで来ていたのだ。

 ここでうっかり声を出せば、魔物が暴れてアオイに被害が及ぶ。

 それだけは、どうしても避けたい。


 アオイは静かに膝をつき、倒れた木の間へと身をかがめる。


 「お、やっぱりいっぱい生えてる♪」


 その奥には、見事な《モロシイタケ》がぎっしり。

 肉厚で、しっとりと濡れたような艶を放っている。


 「てか……椎茸って名前なのに、形はどう見ても松茸なんだけどなぁ……この世界って、なんか惜しいっていうか、ズレてるっていうか……」


 アオイはポケットからハンカチサイズの【転送魔皮紙】を取り出すと、

 《モロシイタケ》をひとつずつ丁寧に抜いて、拠点のテントへと転送していく。


 「えーっと、確か依頼数は……」


 【転送魔皮紙】と連動したもう一枚の魔皮紙を確認。

 そこには、必要数と送った数が自動で記されていた。


 ちなみに《モロシイタケ》に不良がある場合は転送されてもカウントされない。

 できる限り綺麗なものを選んだつもりだったが――


 「ありゃ、あと15個も足りない……」


 どうやら、今回はかなり厳しい判定らしい。


 「ってことは……依頼人、貴族かなんかかな? あ、そういやチュー太郎さんが“プラチナに上がれる”って言ってたっけ……これが理由、だったり?」


 依頼によっては、同じ素材でも取得ポイントが高くなる場合がある。

 その理由は、おおむね二つ。


 ・依頼主が貴族や資産家などで報酬が潤沢

 ・周辺に強力な魔物が出没し、採取の難度が跳ね上がる時期だから


 「……とりあえず、外に出て知らせよう」


 ぎぃ、と倒れた木の中から、アオイの丸いお尻が、泥をつけながらぬるりと現れる。

 そして、彼女の身体がさらに姿を現すと――


 「っ……」


 三人の視線が一瞬だけ、ぴたりと止まった。


 胸だ。

 腹よりも、顔よりも先に突き出たその膨らみは、滑らかなローブの下で“形”を主張するようにむっちりと張っていた。


 さらに、ぬかるみの泥が雄(オ)ッパイのその先端にべったりとついていた。



 そのまま【起きることのない魔物』から距離をとり、【糸』を素早く回収。

 そして、三人の前に何事もなかったかのように戻った。


 三人は――何かを言いかけたが、アオイが先に口を開いた。


 「心配かけてごめんなさい。でも、この装備……隠密行動に特化した魔法が組み込まれているんです」


 「そ、そっか……なら、いいっチュけど……」


 「えへっ、ごめんなさい。実際に見せたほうが早いかなって思っちゃって」


 ――もちろん、そんな魔法は最初から存在しない。


 アオイがローブの下に着ているのは、近くの雑貨屋で買った安物の私服。

 魔法が付与されているのは、ローブのごく一部と、ブーツ、そして手袋だけ。




 「それより、けっこうありましたよ。あの中、半分くらいは取れました」


 「おおっ!? 本当トラかっ!」


 「もう依頼数の半分超えてるッチュ!? 早すぎだっチュ!」


 「噂って……このことだったのかウッシ!」


 「アヤカシは狩れないけど、こういう作業は得意なんですよ。……まぁ、だからこそプラチナに上がれないんですけど、はは……」


 アオイの言葉に、三人はそれぞれ微妙に気まずそうな顔を見せつつも、その手際の良さに素直に舌を巻いていた。

 そして――


 「……もしかしたら!」


 チュー太郎が、何かを閃いたように手をポンと打った。


 「これなら、アレ……アレも取れるかもしれないッチュ!」


 「アレ?」


 アオイが首を傾げると、チュー太郎はやや緊張を含んだ表情で、沼の奥――濃霧に包まれた方角を指さした。




 「……巨大なアヤカシ――【沼大蛇】の巣ッチュ!!」



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