「大丈夫ッチュ?」
「な、なんとか……」
俺は必死に吐き気をこらえていた。今回もまた……壮大に吐いてしまった。
「トラララ、こっちの残り二匹も片付いたぞ」
トラ五郎とウシ沢さんも駆けつけてくれたようだ。
魔物は、とりあえず食べる分だけ捌いてテントへ転送し、残りはギルドへ送ってくれたらしい。
気分が少し落ち着いてから、後ろを振り返ると……もう死骸は片付けられていて、何も残っていなかった。
「しかし、本当に苦手ッチュね? 仮面で表情は見えないッチュけど、見えてる部分は真っ白ッチュよ」
いまの俺の仮面は、食事用の形態に切り替わっていて口元が見える状態だった。
最初のころは、間に合わず仮面の中がゲロまみれになることも多かったけど、いまは“吐く前に切り替える”ことに慣れてきた。
……いや、こんなのに慣れるくらいなら、あのグロい光景に慣れたいって?
――無理だ!
「大丈夫。もう平気……それに、みんな助けてくれてありがとう」
俺がそう言うと、三人は心配そうな顔でこちらを見つめていた。
「……やっぱり、沼大蛇のとこには……」
「い、いや、行けるよ!」
チュー太郎さんが、予定を変えようかと提案しかけたのを、慌てて遮る。
せっかく今まで、俺ががんばって信頼を積んできて――ようやく“みんなから誘ってもらえる存在”になれたのに……
それを無駄にしたくない。
俺のついていった依頼は百パーセント成功する。
――そのレッテルは、絶対に崩しちゃダメなんだ。
また、仕事がなくなって、稼げなくなったら……
――俺、生きていけなくなるんだよ。
「そ、そうチュ? 本当に大丈夫かッチュ?」
「うん!」
「トラララ! いいじゃないか、本人が言ってるんだ!」
おおっ、トラ五郎さん……!
「期待してるトラ」
そう言って、トラ五郎さんはもうこれ以上話すことはないとばかりに、すたすたと歩き出す。
「まったく……あいつは何も考えないッチュね」
「ウッシ! そうと決まれば行くウッシ」
二人とも、そのまま何事もなかったかのように沼の奥へ進んでいった。
「…………」
人間嫌いの獣人が多いって聞いてたけど……
実際にこうして一緒に行動してると、なんだか、すごく“普通の人たち”なんだよなぁ……
俺はそっと仮面を元の形に戻し、彼らの背中を追って歩き出した。
―――――――――――――――――――――――――――
「ついたッチュ!」
数時間、休みなしで歩き続けたけど……不思議と、いまのこの“獣人化”してる状態だと、体のあらゆるところが強くなってる気がして、そこまで辛くなかった。
――師匠のおかげです!
それにしても――
「ここが……入り口?」
目の前にある洞窟の入口は、どこまでも広くて、深くて……
奥の方は真っ暗で、何も見えない。ぼんやりと冷たい空気だけが、地面を這うように流れてきていた。
「そうッチュ。この季節になると、この《蛇ドラ洞窟》には【沼大蛇】がどこからともなく現れるッチュ。
奴らは夜行性で、夜になると外にいるアヤカシを捕食しに出てくるッチュ。だから今は――寝てるッチュ」
「トラララ。さらに、この中の湿度や気温は《モロシイタケ》にとって完璧トラ。
だからこそ、【忍者】であるアオイの出番トラ」
「なるほど……確かに条件は揃ってますね」
俺は仮面越しに洞窟の奥を覗き込んだ。
でも、すでに時刻は14時を過ぎている。モタモタしてると、“夜行性”の沼大蛇とやらが活動を始めてしまうのだろう。
「噂が噂になるのは、実績があるからッチュ。
特に冒険者の噂っていうのは見極めが大事ッチュ。でないと誰の得にもならないッチュからね。
信用ってより――チューは“実績”を見てるッチュ」
「……フフッ」
心の奥が、ぽっと温かくなった。
信じてくれるって、それだけで、救われる気がする。
「じゃあ――気合い入れるッチュよ! 行くッチュ!」
そのまま、俺たちは巨大な口を開けたような暗い洞窟へ、静かに足を踏み入れた。