「……久しぶりに来たな、ナルノ町」
朝早くギルドで転移の手続きを済ませて、今はまだ朝の七時。
なのに、ミクラル最大の都市ギルドは――もう人でいっぱいだ。
建物の中には冒険者や商人たちの喧騒が響きわたり、朝って感じがまるでしない。
ちなみにこのギルド、見た目はちょっと空港っぽい。
金属探知機……みたいな魔法の検知装置を通って、飛行機の搭乗ゲート――じゃなくて、転移魔法陣のゲートへ。
順番に人がくぐっては転移していく光景は、どこか都会の改札を思い出させた。
無言の行進。後ろが詰まらないように、スムーズに前へ進む。そんな感じ。
「アオイさん、私の近くを離れないでください。ヒロユキ殿たちと合流します」
「はーい……って、こっちの声もあんまり聞こえてないか」
俺は転移してすぐ、気配遮断ローブを深くかぶっていた。
これは山亀の一件でキールさんから借りたやつ。
返しそびれてたけど――まさかまた、役に立つとはね。
(……それにしても)
すれ違う人たちの髪の色を、つい観察してしまう。
黒、茶、赤、青、紫……それなりにカラフルな髪の人はいる。
――でも、金髪だけは見当たらない。
これが噂の“あの事件”の影響か。
ナルノでは、金髪と青い目を持つ者に対して……あまりに露骨な敵意が向けられる。
見た目だけで。
「(最悪、通りすがりの一般人に石を投げられるって話もあるし……)」
「(目は仮面で隠れてるけど……問題は、この髪なんだよなぁ……)」
金色の長髪――。
魔法で染めても、数分で戻る。
カツラも試したけど、これまたダメだった。
この世界のカツラはハゲ治療魔法の進歩のせいで、ほとんど絶滅状態。
探すだけで一苦労だったのに、魔力固定ができないせいでずり落ちてくる始末。
もう笑うしかなかった。
だから、俺が頼ったのは――この気配遮断ローブ。
これを被れば、自分の存在を“薄く”できる。
姿も、声も、気配も。
仲間ですら気づけないレベルで、周囲に“紛れる”のだ。
しかも人が多ければ多いほど……“紛れる”力は強くなる。
(……だから、返事もほとんど聞こえなかったんだろうな)
先ほどのキールさんへの「はい」という返答も、きっと――
この喧騒の中に、自然と“溶けて”消えていった。
――このローブの唯一の弱点は、
“仲間にも気づかれなくなる”ってとこだ。
……まあ、今はそれすらもありがたいけどね。
「確か……ヒロユキ殿たちは、A-1コンテナに──」
そう、今ここにいるのはキールさんと俺の二人きり。
その理由は単純明快で――
魔物は家畜扱いで別ルート転移だから、だ。
ちなみに、ヒロユキの“身体”は、ベルドリの【羽毛】と【擬態】の組み合わせで、体に巻きついてもらっている。
……え?どうやって擬態させたのかって?
正直に言おう。
困ってたら、なんかできた!!
まじでこの【糸』、有能すぎる……!
「……ここか」
そうこうしてるうちに、俺たちはギルド内部の転移施設、A-1行きのドアの前へ到着。
キールさんが無言でギルドカードを認証装置にかざすと――
ピッという音と共に、目の前のドアが静かに開いた。
「じゃ、俺も失礼してっと……」
俺も慌ててローブを一瞬だけ脱ぎ、ギルドカードをかざす。
その一瞬、周囲の冒険者たちが「あっ」とこっちを見る気配があったが……
――まぁ、もういないし。転移済みだし。どうせ赤の他人だし。
気にしナーい。
そうして無事に転移。
転移先は、名前通りの“コンテナヤード”。
でっかい魔法鋼の箱がズラリと並んでいて、中から微かに家畜魔物たちの息遣いが聞こえる。
この時間帯は管理スタッフも少なくて、人の気配もまばら。
つまり――
「うん、気配遮断ローブは、もう脱いでいいな」
そう呟きながら、俺はゆっくりとローブのフードを下ろした。
「はぐれてなくて良かった、アオイさん此方です」
「はい!」
待っててくれたキールさんについていって目的のコンテナの前まで来る。
「私は例の準備をするので先に出ときますね」
「了解です」
そういってキールさんはコンテナ置き場から出ていった。
Aー1と書かれてるコンテナのドアを開けると中は藁がしかれて水のみ場があるだけで、そこにアールラビッツのあーたん、ベルドリのヒロユキとユキちゃんがいた。
「みんな待たせたね」
「くぁ!」
「......クルッポー」
「はーい!」
「みんな大丈夫みたいだね?さ、みんなこっちだよ」
「くぁ!くぁ♪」
「フフッ、ユキちゃんも元気だねぇ」
くっついてくるユキちゃんと一緒にコンテナ置き場を出るとキールさんがちょうど来た、どうやら目的のものがあったみたいだ。
「あちらにレンタルした馬車が約束通り置いてました、それを使って行こう」
「はい、でも本当に大丈夫?二人とも」
「......クルッポー」
「はい!だいじょーぶー!」
このナルノ町の一般歩行道路で魔物を連れてる人はいない、居るとして小さなペットなどの魔物の散歩くらいだ、なのでこの馬車で俺たちはこれから移動することになる。
馬車を引くのはヒロユキとあーたんだ。
「じゃぁお願いするね」
「くぁ!」
「ヒロユキ殿、あーたん何かあったらすぐに合図を」
「......クルッポー」
馬車に三人乗った事を確認するとヒロユキ達は発進して馬車が動き出す。
「くぁー♪くぁくぁー」
相変わらずユキちゃんは俺にべったりだがキールさんに見向きもしない。
「よしよし、いい子いい子〜」
「くぁ!」
ユキちゃんの頭を撫でていると、キールさんがこちらをちらりと振り返った。
「ところでアオイさん。少し、ご相談があるのですが」
「? なんでしょうか?」
「昨日の話し合いには無かった件なのですが……一つ、どうしても済ませておきたいことがありまして」
「いいですよ。こっちも無理を言って来てもらった身ですし。ちなみに、何を?」
「ミクラルの友人に、この【手紙』を届けたいのです」
そう言って、キールさんは懐から一枚の魔皮紙を取り出した。
「え? ギルドで渡せばよかったんじゃ……?」
「いえ。急用でしてね。本人が居れば直接話すつもりですが、もしも不在だった場合に備えて置き手紙を書きました」
……なるほど。確かに、俺が頼んで無理にパーティーへ参加してもらったのだ。
予定だって、いくつもキャンセルして来てくれたんだろう。文句を言える立場じゃない。
「わかりました、全然構いません。途中で寄りますか?」
「いえ。まずは目的地まで行ってから、少しだけ時間をください。なるべく早く済ませます。その間、皆さんには待っていていただく形で」
「了解です」
「……そろそろ人通りも増えてくる頃合いです。私は御者のフリをしておきますので、アオイさんたちは後ろでゆっくりと」
「はーい。お気遣い感謝します〜」
そう言って、キールさんは後ろの小さな扉を開けて、馬車の前方へと向かっていった。
「ほんとだ、もうこんなに人が……」
「くぁー♪」
ふと窓の外を見やると、馬車の外はすでに賑やかな町中へと入り込んでいた。
「……」
ふと、目に留まったのは、歩行者に混じっている奴隷たちの姿だった。
ミクラルの町は人が多い分、奴隷も多い気がする。
「思い出しちゃうな……あの時を」
──いつの間にか消えていた、胸に刻まれていた番号。
そこに手を当てると、自分の胸とは思えない、不快な柔らかさが指先から伝わってきた。
「くぁ?」
「うん、大丈夫! いま思えば――そういうことがあったから、ユキちゃんたちに出会えたわけだしね!」
「く?」
「なんでもないよ♪ ほれほれ、なでなでなで~」
「くぁくー♪」
心配そうに首を傾げていたユキちゃんを両手で撫でまくると、気持ちよさそうに鳴いた。
「……さて、じゃあ、会いに行こうか」
「くぁ?」
「もう一人。君と同じ名前の――ユキさんに、ね♪」