《ナルノ町、とある宿の一室》
「さぁ、そろそろ吐く気になりましたか?」
ナルノ町にある普通の宿の部屋の中で魔法で拘束した金髪のスレンダー女性に話しかける少女、ユキ。
「本当にしつこいわね。何も知らないし、私はあそこで男の人とお酒を飲んでただけよ?」
「……普通の人は騙せても、私は騙せませんよ」
「騙す? 何のことかしら?」
「はぁ……まぁ、いいです」
ユキは小さく息を吐き、思い出すように指を一本ずつ立てながら呟く。
「えっと、確か……あれとあれと、あれはいないから……残ってるのは――」
「?」
「【アリエス】、【バルゴ】、【レオ】、【アクエリアス】……」
「何を言って……」
「【リブラ】」
「っ……!?」
その一言で、金髪のスレンダーな女の顔色が変わる。
さっきまでの余裕を完全に失い、ギリッとユキを睨みつけた。
「――なるほど」
「あなた……何者なの?」
「私ですか? あなたのことを教えてくれたら、答えてあげてもいいですよ? ――まあ、今ので大体わかりましたけど」
「……」
「その身体の本来の持ち主、そんな姿じゃなかったはずです」
「本来……?」
「こっちの話です。それにしても――随分と狙いすました行動でしたね」
ユキは小さく笑い、淡々と事実を並べていく。
「まさか私がチンピラに構ってる間にヒロユキさんを転移、酔ってたとは言えどジュンパクの目を上手く盗みましたね」
拘束されている女性……ユキちゃんの“成長した姿”を奪った魔族は、無意識に息を呑んでいた。
「。今更解っても遅いわよ、それにアナタの愛するヒロユキさんに会っても気づかなかったじゃない」
「私達を舐めない方がいいですよ」
ユキの声がぴたりと低くなる。
「一目見ればヒロユキさんの中身が違う事くらいすぐに分かりました、私は敢えて泳がせたんです、その証拠にアナタの今の状況……何も仕事できてませんよね?」
「。泳がせた……?」
身体を乗っ取っている魔族に、ユキは杖を向けたまま静かに告げる。
「えぇ、泳がせてます。……私が気にしていたのは、あなたとは違う、“もっと強い魔族”の存在の可能性です。だからこそ、慎重に、入念に準備して……こうして拘束してるんですよ」
“もっと強い魔族”という言葉に、相手の目が鋭くなる。
「。私たち高貴なアヌビス族以上の魔族など、存在しない!」
「残念ながら、世界は広いんです。あなたみたいな“下の下”には、到底理解できない世界ですけどね」
「。きさまぁぁあ!」
「……ほんと、相変わらずアヌビス族って、この手の挑発に弱いですね」
怒りに震えるアヌビス族の表情には、浮き上がる血管。激昂したまま吠えたところで──
「その顔でそんな怒らないでくださいよ。シワ、増えちゃいます」
ユキが杖を軽く振ると、魔法が発動し──その瞬間、相手は力を失って、そのまま静かに眠りについた。
「……それにしても、アヌビス族には……この魔皮紙、よく効きますね」
ユキは、ピンク色の液体が入った小さなガラス瓶の蓋をカチリと閉める。
中には、折り畳まれた魔皮紙が一枚──ゆらりと液に沈んでいた。
「人間の私たちが使うとリラックス効果があるんですけど、アヌビス族には逆効果。緊張感を高めてしまう……さすがですね、わたしの親友は」
ぽつりと呟いたあと、ユキは部屋のあちこちに仕掛けていた魔皮紙や道具を手早く回収していく。
きっと、相手がアヌビス族以外の魔族だった場合も想定して、準備していたのだろう。
「今回の相手はアヌビス族で……しかも魔王【リブラ】ですか。正直、相性は悪いですね。でも……あの慢心の魔王で良かった。他の魔王だったら……今ごろ、ヒロユキさんは──」
そう考えかけた、その時──
「ふぁっ!?」
ジリリリリリリッ!!
突然、背後の黒い《魔電話》が鋭く鳴り響き、ユキは猫のようにびくっと飛び跳ねた。
「もうっ!なんで通信魔皮紙は軍事用にしか使われてないんですか!心臓に悪いですぅ!」
ぷんすこ怒りながら、ガチャッと受話器を取って応答する。
「035号室のユキさんでしょうか?」
「はい。……なにか御用ですか? チェックアウトは、あと一日残ってるはずですが」
「お連れ様がお見えです」
「……お連れ様?」
(たまこさん……ユキナ……それともジュンパク?)
「お名前は、なんと?」
当然の質問だった。
ちなみに、いつかのヒロユキは、名前を確認せずにユキを通してるが、あの件以降、ユキは必ず“名前”を確認するように!とヒロユキに口酸っぱく言ってる。
だが──
名前を聞いた瞬間、ユキの頭は真っ白になった。
「はい。アオイさんと、申しております」